18 / 20
小話
ルヴォンヒルテ次期公爵①
しおりを挟む別荘での一人暮らしに、慣れてしまった。
使用人も両親もいない、静かな家。
『寂しくないのか?』
そう言う父の言葉は、いつも通り無視した。寂しいなんて感情は、幼いころに嫌というほど味わった。回数をこなせば、そんなの感じなくなる。
両親は優しかった。
幼いジルクスの感情を敏感に感じ取り、忙しい仕事の合間に傍に寄り添い、声をかけてきてくれた。しかしその優しさは、幼いジルクスだけが独占できるものではなかった。
ある時は使用人に。
ある時は仕事相手に。
ある時は部下に。
ルヴォンヒルテ公爵という偉い身分の人間として生まれたのだから、たとえ両親からの愛に飢えていたとしても、我慢しなければならない。せめて、幼いジルクスの事を真面目に見てくれる人がいれば良かったのだろうが、残念ながらその当時、ルヴォンヒルテ公爵家に銀髪を受け入れる土壌は存在しなかった。
使用人が一人、また一人と離れていくのを目の当たりにして、当時10歳ほどだったジルクスはこう言った。
『俺はずっと一人でいい』
そして────今に至る。
大型魔物を討伐するまでの期間とはいえ、別荘での一人暮らしは悪いものではなかった。着替えや食事はロー商会の元会長であるオルバートが運んできてくれる。自分の決めた時間に起き、仕事に出かけ、灯りが点いていない真っ暗な別荘へと帰還する。特に片づける気力も起きず、書斎は散らかり放題で、部屋の埃は溜まる一方。一日だけでも雑役女中を雇って部屋を片付けてもらおうか。そのような事をふと考えたが、かつての使用人たちに言われたあられのない陰口を思い出して、誰かに頼もうという気持ちも失せてしまった。
そんなある日の事だった。
別荘の玄関の前に、見知らぬ人物が座り込んでいた。
こんな薄暗い森の奥に来る人間はいない。それにこの別荘を知っているのは、オルバートのようなごく一部の人間だけ。
誰だろう。いや、誰でもいい。とにかくさっさと出ていってもらおう。
(いやまさか…………女か?)
驚いた。
パーティ用とまでは言わないものの、外行き用のドレスを泥まみれにさせている18歳ほどの女性。きめ細やかな白い肌に、ぷっくりと熟れた唇。目は長い睫毛に伏せられており、規則正しい呼吸で時折ピクピク動いている。
なによりジルクスが驚いたのは、彼女の長い銀色の髪だった。
(俺と同じ……)
美しすぎて、天使が降りて来たのかと錯覚する。
その髪に手を差し伸べかけて、ようやく我に返った。
「おい」
肩を揺すってみると、彼女はすぐ目を開けた。大げさに謝り倒す彼女の話を聞けば、ランドハルス侯爵家のご令嬢だという。ジルクスは社交界が嫌いなため、彼女に会ったのはこの時が初めてだった。ただ、噂は聞く。銀髪の娘は、その存在だけであらぬ憶測や噂を呼ぶものだ。少しだけ同情の念を抱きつつも、レティシアを別荘の中に招き入れた。
ルヴォンヒルテ公爵とランドハルス侯爵が旧友だということを、社交界では意外と知られていない。なにせ交流があったのは若かりし頃で、ランドハルス侯爵がその妻ロザリアと結婚した後は、文のやり取りがあった程度。
とはいえ、ジルクスは父からランドハルス侯爵の話はよく聞いていた。
その娘を、婚約者にどうかと父との話題にのぼったこともある。
次期公爵としての仕事と魔物退治が出来れば十分だと思っていたジルクスは、それを一蹴した。
なんの因果だろうか。
父伝いでしか聞いていなかった侯爵令嬢が、ドレスを脱ぎ捨て、おさがりと思われる給仕服で目の前に立っている。
乾かしきれなかったのだろう、銀色の髪がしっとりと濡れている。本来であれば、侍女が数人がかりで長い髪をタオルで拭くのだろうが、ここにはそんな使用人はいない。
彼女が誰の助けも求めなかった事に驚いた。
「君は侯爵令嬢だろう。なのに、風呂中に使用人を必要としなかった。体を洗う、服を着る、髪を乾かす。どんなときでも使用人は必要だ。──なのに、君は一度も不満を言わなかった」
「ここに使用人はいらっしゃらないでしょう?」
「……ああ」
「であるなら、ないものねだりです。それにもう、私は侯爵家の娘ではありませんから」
小さく微笑む彼女には、強い覚悟を感じた。
侯爵家という箱庭を飛び出し、これから自分で地に足をつけて生きていく思いを。しかしジルクスは、それを信じなかった。しょせん彼女は親の人脈を使っている。ランドハルス侯爵という親がルヴォンヒルテ公爵と仲が良かったから、庇護されるのは当たり前だと思っているはずだと。
その思いは、予想外の形で裏切られることになった。
148
あなたにおすすめの小説
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
【完結】呪いのせいで無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになりました。
里海慧
恋愛
わたくしが愛してやまない婚約者ライオネル様は、どうやらわたくしを嫌っているようだ。
でもそんなクールなライオネル様も素敵ですわ——!!
超前向きすぎる伯爵令嬢ハーミリアには、ハイスペイケメンの婚約者ライオネルがいる。
しかしライオネルはいつもハーミリアにはそっけなく冷たい態度だった。
ところがある日、突然ハーミリアの歯が強烈に痛み口も聞けなくなってしまった。
いつもなら一方的に話しかけるのに、無言のまま過ごしていると婚約者の様子がおかしくなり——?
明るく楽しいラブコメ風です!
頭を空っぽにして、ゆるい感じで読んでいただけると嬉しいです★
※激甘注意 お砂糖吐きたい人だけ呼んでください。
※2022.12.13 女性向けHOTランキング1位になりました!!
みなさまの応援のおかげです。本当にありがとうございます(*´꒳`*)
※タイトル変更しました。
旧タイトル『歯が痛すぎて無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになった件』
嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~
めもぐあい
恋愛
イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。
成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。
だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。
そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。
ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました
八代奏多
恋愛
クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。
両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。
おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。
でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!
そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……
公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される
佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。
異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。
誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。
ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。
隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。
初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。
しかし、クラウは国へ帰る事となり…。
「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」
「わかりました」
けれど卒業後、ミアが向かったのは……。
※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる