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高橋 かなえ
3 あたしだけがひとり取り残されている
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先生の声を聞きながら、ホワイトボードに映された地図を見ていると、凛花と杏の二人の声が頭に浮かんできた。
「二人にだって好きな人くらいいるよね? 絶対いる。イマドキいなきゃ変だって。教えなよ」
「ちょっとは、いいかなって思う人いない?」
凛花がせまり、杏がにじりよる。
ホントうざい。かんべんして。そんなのいないって、いくら言っても伝わらない。
バレンタインチョコづくりの計画は、毎年二人からの追求で始まった。この流れでだれか名前が上がったら最後、熱愛にまでまつりあげられてしまう。
凛花や杏には、幼稚園のころから本命の好きな人がいることになっていた。
杏なんて毎年相手がちがっていたし、一番人気の男子一筋な凛花だって、実際彼と話してるとこなんか見たことがなかった。二人とも、言うほど本気には見えなかったけれど。
杏たちは自分と同じように、あたしや由美子にも好きな人くらいはいるはずと信じて疑わない。
「じゃあ、私の本命はお父さんかな」
由美子はベタな返しで二人をかわした。すかさずあたしも流れに乗る。
「あ、私もパパ。パパにする」
あげたい人なんて、できるわけがないんだから。
「あーっ、ごまかした!」
「ずるいよっ。白状しなさい」
いったい何がそんなにずるいのか。二人はそろって身をのり出した。
「そもそも、好きな人がいなきゃおかしいって、なんでよ。チョコ作るだけでいいじゃん」
あたしがムキになって反論すると、二人は不満を顔ににじませる。
「えーっ、捧げるためじゃなきゃ、わざわざ作る意味がわかんない」
「想いをこめるから楽しいんだよ、ねぇ」
「捧げるって、神様かよ」
凛花のおおげさな言いようが笑えた。
相手がいるから、相手のために……そういえば、二人はラッピングやお手紙を書くのにも凝ってたな。
今になってみると、そんな姿もほほえましく思える。
けれど、やっぱりあたしには二人の気持ちがわからなかった。
怖くないんだろうか。受け取ってもらえないかも知れないのに。どんなあつかいを受けるかもわからないのに。
女の子はみんな差し出さないといけない。
今年も二人は作るのだろうか。「恋する」だれかのために、想いをこめて。
***
下校後、チョコ作りの材料を買うために由美子と近所のショッピングモールに集まる約束をした。
自転車を止めて中に入ると、店内は恥ずかしくなるくらいバレンタイン一色だった。
天井にはハートのオブジェがぶら下げられ、イベントスペースにはピンク色のおかしのツリーがかざられている。赤とピンクの大洪水だ。
日がせまってきたこともあってか、インフォメーションセンター前の高級チョコレート店は人であふれかえっていた。
いつもより甘い匂いの漂う専門店街を通りぬけ、スーパーへ向かう途中の入り口で由美子と合流する。
結局作るのはいつものトリュフだ。生クリームにこのシーズンだけ置いてある大入りの割りチョコをカゴに入れる。失敗したときのことを考えて、チョコは少し多めに用意しておくことにした。
会計を済ませ、いつもの半分しかない材料をエコバッグに詰めると、すぐそばのイベントスペースにできていたラッピングコーナーが目に入った。
「由美ちゃん、これかわいくない?」
吸い込まれるように歩み寄り、虹色に光る布のラッピングバッグを手に取った。
そばには絵に描いたような真っ赤なギフトボックスがあり、その向こうにはひらひらとふち取りのあるリボンや、中のものを割れないように入れるふわふわまでそろっている。緩衝材っていうんだっけ?
由美子はクスリと笑みを浮かべた。
「かわいいね。でも、だれにもあげないなら、いらないんじゃない?」
「……別に。かわいいと思っただけだし」
バッグをたなにもどしている時、由美子の後ろでリボンを見ていたポニーテールの女の子が、じっとあたしを見つめているのに気づいた。
目が合った瞬間、彼女のキラキラと光を集める桃色のくちびるがほころんだ。
「やっぱり、かなえじゃん! 由美子も」
「えっ……あ、杏?」
声でやっとはっきりした。ぱっと見ただけじゃわからないくらいに、中学に上がってふんいきが変わっていた。
黒髪には光る星をかたどった金色のクリップをとめ、小麦色の頬をいろどるオレンジのチークをさしている。
小学生の時からおしゃれにも化粧にも興味深々だったのは知ってたけど、まるで別人だ。
杏は後ろを向いて手まねきした。
「凛花、凛花、由美子とかなえ!」
「ちょ、なにウソ、マジで? 久しぶり!」
たなの向こうから顔を出した凜花の白い頬にも、ピンクのチークが広がっている。くちびるも不自然に真っ赤だ。
「卒業式以来だよね?」
「そうじゃないかな。ちょうど今日、二人の話をしたところだったんだよ。まさか会えるなんて」
問いに答える由美子の声が遠くに聞こえる。杏も凛花も、思いっきり化粧してる。トイレで鏡を見てた一軍女子みたいに……いや、それよりもっと、かなりハデかもしれない。
「バレンタインきっかけで再会するなんて、私たちは運命の赤い糸で結ばれてるのかもね」
杏がベタなことを言うと、凛花は口をとがらせた。
「やぁだ。赤い糸なら由美子たちじゃなくて、王子とがいいっ」
王子って久々に聞いた。凛花が六年間好きだと言い続けていた、高木さとしという背の高いモテ男のことだ。よく大葉たちといっしょにいた、つかみどころのない感じの男の子。
六年の秋、卒業を待たず転校して行ったんだけど。
「凛花ちゃんは、今も変わらず高木くん一筋なんだね」
由美子の声が心なしかあきれたように聞こえる。
見た目は変わったけど、赤い糸とか王子とか、二人のしゃべる内容は小学生のころからほとんど成長していない。
凛花は祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ。
「そうよ。離れても愛は変わらないわ……って、かなえ、なにそのダボっとしたカッコ! ちっとはなんとかしなさいよ」
そうかと思うと、今度はオニのような顔であたしのパーカーを引っつかむ。すそが引っ張られて、胸の形がくっきり浮かび上がった。
「ひゃっ……何すんの」
「また、こんな作業服みたいなの着て。背は高いし、ボンキュッボンだし、あんた素材はいいはずなのに、もったいない」
凛花は人を上から下へとなめるような目で見た。思わずすそをつかむ手をふり落とす。
「変な目で見ないでよ、変態」
「いまどきボンキュッボンとか言う~?」
あたしが怒るのと同時に杏が腹を抱えた。
流行りの透け感のあるニットを身にまとい、あたしと変わらないか、もっと強い天パの髪を白いリボンのカチューシャでふんわり留めた凛花は、なぜか勝ちほこったように鼻で笑う。
「いいでしょこれ。一目ぼれしたんだ。つけてみる?」
ひそかに見とれていたのに気づいたのだろう。凛花は、カチューシャに手を当てた。
「別にいい! あんたみたいなかっこう、好みじゃないの。あたしは」
目をそらし、自分のみつあみを両手で押さえた。
同じような天パだと思っていたのに、あたしだけがあのころと変わらない。手入れの行き届かない、子どものままだ。急に自分が恥ずかしくなる。
凜花はあっそ、と流してエコバッグに目を移した。
「今年もやるんだ。チョコ作り」
由美子がバッグを開いて、二人に中を見せてやる。
「またトリュフにしようと思って。二人もいっしょにどうかな」
「え。やるよ。当たり前じゃん」
「ってか、なんでさそわないのよ。今年はないのかと思った」
さそいに飛びのる二人を見てホッとすると同時に、思わずいいわけが口をつく。
「連絡先交換してなかったから」
言ってすぐに、なんのいいわけにもなってないなとわかる。スマホを持ってなかったのはあたしたちの家の都合だ。連絡するならこっちからしかない。よけいなことを考えず友達に連絡先を聞けばよかった。
由美子はスマホを差し出した。
「私たちもスマホ持ってるよ。ラインでつながろう」
顔を寄せ合った時、いいにおいがした。
杏たちみたいにあからさまじゃないけど、由美子の頬もくちびるもほんのりピンク色をしていると気づいた。
「二人にだって好きな人くらいいるよね? 絶対いる。イマドキいなきゃ変だって。教えなよ」
「ちょっとは、いいかなって思う人いない?」
凛花がせまり、杏がにじりよる。
ホントうざい。かんべんして。そんなのいないって、いくら言っても伝わらない。
バレンタインチョコづくりの計画は、毎年二人からの追求で始まった。この流れでだれか名前が上がったら最後、熱愛にまでまつりあげられてしまう。
凛花や杏には、幼稚園のころから本命の好きな人がいることになっていた。
杏なんて毎年相手がちがっていたし、一番人気の男子一筋な凛花だって、実際彼と話してるとこなんか見たことがなかった。二人とも、言うほど本気には見えなかったけれど。
杏たちは自分と同じように、あたしや由美子にも好きな人くらいはいるはずと信じて疑わない。
「じゃあ、私の本命はお父さんかな」
由美子はベタな返しで二人をかわした。すかさずあたしも流れに乗る。
「あ、私もパパ。パパにする」
あげたい人なんて、できるわけがないんだから。
「あーっ、ごまかした!」
「ずるいよっ。白状しなさい」
いったい何がそんなにずるいのか。二人はそろって身をのり出した。
「そもそも、好きな人がいなきゃおかしいって、なんでよ。チョコ作るだけでいいじゃん」
あたしがムキになって反論すると、二人は不満を顔ににじませる。
「えーっ、捧げるためじゃなきゃ、わざわざ作る意味がわかんない」
「想いをこめるから楽しいんだよ、ねぇ」
「捧げるって、神様かよ」
凛花のおおげさな言いようが笑えた。
相手がいるから、相手のために……そういえば、二人はラッピングやお手紙を書くのにも凝ってたな。
今になってみると、そんな姿もほほえましく思える。
けれど、やっぱりあたしには二人の気持ちがわからなかった。
怖くないんだろうか。受け取ってもらえないかも知れないのに。どんなあつかいを受けるかもわからないのに。
女の子はみんな差し出さないといけない。
今年も二人は作るのだろうか。「恋する」だれかのために、想いをこめて。
***
下校後、チョコ作りの材料を買うために由美子と近所のショッピングモールに集まる約束をした。
自転車を止めて中に入ると、店内は恥ずかしくなるくらいバレンタイン一色だった。
天井にはハートのオブジェがぶら下げられ、イベントスペースにはピンク色のおかしのツリーがかざられている。赤とピンクの大洪水だ。
日がせまってきたこともあってか、インフォメーションセンター前の高級チョコレート店は人であふれかえっていた。
いつもより甘い匂いの漂う専門店街を通りぬけ、スーパーへ向かう途中の入り口で由美子と合流する。
結局作るのはいつものトリュフだ。生クリームにこのシーズンだけ置いてある大入りの割りチョコをカゴに入れる。失敗したときのことを考えて、チョコは少し多めに用意しておくことにした。
会計を済ませ、いつもの半分しかない材料をエコバッグに詰めると、すぐそばのイベントスペースにできていたラッピングコーナーが目に入った。
「由美ちゃん、これかわいくない?」
吸い込まれるように歩み寄り、虹色に光る布のラッピングバッグを手に取った。
そばには絵に描いたような真っ赤なギフトボックスがあり、その向こうにはひらひらとふち取りのあるリボンや、中のものを割れないように入れるふわふわまでそろっている。緩衝材っていうんだっけ?
由美子はクスリと笑みを浮かべた。
「かわいいね。でも、だれにもあげないなら、いらないんじゃない?」
「……別に。かわいいと思っただけだし」
バッグをたなにもどしている時、由美子の後ろでリボンを見ていたポニーテールの女の子が、じっとあたしを見つめているのに気づいた。
目が合った瞬間、彼女のキラキラと光を集める桃色のくちびるがほころんだ。
「やっぱり、かなえじゃん! 由美子も」
「えっ……あ、杏?」
声でやっとはっきりした。ぱっと見ただけじゃわからないくらいに、中学に上がってふんいきが変わっていた。
黒髪には光る星をかたどった金色のクリップをとめ、小麦色の頬をいろどるオレンジのチークをさしている。
小学生の時からおしゃれにも化粧にも興味深々だったのは知ってたけど、まるで別人だ。
杏は後ろを向いて手まねきした。
「凛花、凛花、由美子とかなえ!」
「ちょ、なにウソ、マジで? 久しぶり!」
たなの向こうから顔を出した凜花の白い頬にも、ピンクのチークが広がっている。くちびるも不自然に真っ赤だ。
「卒業式以来だよね?」
「そうじゃないかな。ちょうど今日、二人の話をしたところだったんだよ。まさか会えるなんて」
問いに答える由美子の声が遠くに聞こえる。杏も凛花も、思いっきり化粧してる。トイレで鏡を見てた一軍女子みたいに……いや、それよりもっと、かなりハデかもしれない。
「バレンタインきっかけで再会するなんて、私たちは運命の赤い糸で結ばれてるのかもね」
杏がベタなことを言うと、凛花は口をとがらせた。
「やぁだ。赤い糸なら由美子たちじゃなくて、王子とがいいっ」
王子って久々に聞いた。凛花が六年間好きだと言い続けていた、高木さとしという背の高いモテ男のことだ。よく大葉たちといっしょにいた、つかみどころのない感じの男の子。
六年の秋、卒業を待たず転校して行ったんだけど。
「凛花ちゃんは、今も変わらず高木くん一筋なんだね」
由美子の声が心なしかあきれたように聞こえる。
見た目は変わったけど、赤い糸とか王子とか、二人のしゃべる内容は小学生のころからほとんど成長していない。
凛花は祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ。
「そうよ。離れても愛は変わらないわ……って、かなえ、なにそのダボっとしたカッコ! ちっとはなんとかしなさいよ」
そうかと思うと、今度はオニのような顔であたしのパーカーを引っつかむ。すそが引っ張られて、胸の形がくっきり浮かび上がった。
「ひゃっ……何すんの」
「また、こんな作業服みたいなの着て。背は高いし、ボンキュッボンだし、あんた素材はいいはずなのに、もったいない」
凛花は人を上から下へとなめるような目で見た。思わずすそをつかむ手をふり落とす。
「変な目で見ないでよ、変態」
「いまどきボンキュッボンとか言う~?」
あたしが怒るのと同時に杏が腹を抱えた。
流行りの透け感のあるニットを身にまとい、あたしと変わらないか、もっと強い天パの髪を白いリボンのカチューシャでふんわり留めた凛花は、なぜか勝ちほこったように鼻で笑う。
「いいでしょこれ。一目ぼれしたんだ。つけてみる?」
ひそかに見とれていたのに気づいたのだろう。凛花は、カチューシャに手を当てた。
「別にいい! あんたみたいなかっこう、好みじゃないの。あたしは」
目をそらし、自分のみつあみを両手で押さえた。
同じような天パだと思っていたのに、あたしだけがあのころと変わらない。手入れの行き届かない、子どものままだ。急に自分が恥ずかしくなる。
凜花はあっそ、と流してエコバッグに目を移した。
「今年もやるんだ。チョコ作り」
由美子がバッグを開いて、二人に中を見せてやる。
「またトリュフにしようと思って。二人もいっしょにどうかな」
「え。やるよ。当たり前じゃん」
「ってか、なんでさそわないのよ。今年はないのかと思った」
さそいに飛びのる二人を見てホッとすると同時に、思わずいいわけが口をつく。
「連絡先交換してなかったから」
言ってすぐに、なんのいいわけにもなってないなとわかる。スマホを持ってなかったのはあたしたちの家の都合だ。連絡するならこっちからしかない。よけいなことを考えず友達に連絡先を聞けばよかった。
由美子はスマホを差し出した。
「私たちもスマホ持ってるよ。ラインでつながろう」
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