なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番

文字の大きさ
12 / 30

12 客人

しおりを挟む




 夜の運河は風で揺れる水面に、街灯が映りとても幻想的だ。
 この時間に寮を出たことのない私にはこの光景は新鮮だった。
 
(王都に住んでいると言っても、今まで見たこともなかった……)

 私が馬車の外を見ていると、視線を感じて顔を外から中に向けた。
 すると穏やかな顔のリカルドを目が合った。
 もしかして、ずっと見られていたのだろうか?
 なんとなく恥ずかしく思っていると、リカルドが穏やかな表情のまま口を開いた。

「もしかして、イリスさんは夜のこの景色を見たのは初めてなのか?」
「はい。寮には門限もあったので……」
 
 リカルドが大きく目を開いた。

「門限……なるほどな……そうか、門限か……」
「リカルドは、門限はなかったのですか?」
「俺に門限!? ない、ない、ない。まぁ、あったとしても守らねぇだろうな~~」
「え? 学園時代に怒られませんでしたか?」

 リカルドが困ったように笑った。

「はは、俺は王立貴族学園には通ってねぇんだ。ずっと領内の学校で学んでいたからな」

 多くの貴族の子息や令嬢は『王立貴族学園』という学校に進学する。
 正直に言うと、何かを学ぶのなら貴族学園ではなく、家庭教師でも学べるし、学園に入学する時点ですでに学ぶべきことを終えて、ただ社交のために1年限定で通うという人もいる。
 私も一応男爵家の出身なので、貴族学園に通った。
 そのくらい貴族なら誰でも通う学園に通わず、伯爵になったリカルドはかなり異例だろう。
 さらにもっと驚くべきことがあった。

「ラーン伯爵領には学校があるのですか!?」
「ああ。ある」

 自分の領に学校があるのはかなり珍しい。
 読み書きなどを教えてくれる場所はあるが、こっちの世界で"学校"と呼んでもいいという陛下の認定を受けた施設を持つのはかなり大変なので、ほとんどの領に学校はないので、みんな王都に行くのだ。
 私はすでに学校を出ているというリカルドを見つめながら尋ねた。

「あの……今更ですが、リカルドはおいつくなのですか?」
「25だ」

 伯爵で25歳まで独身で相手もいないというのはかなり珍しいが、貴族学園に通っていないことも一つの原因かもしれない。

「ところで、イリスさんはいくつなんだ? あ、女性に年齢を聞くのは失礼か?」
「いえ……リカルドは家族ですので、知っていてほしいです。私は、21歳です」

 18歳で女官試験に合格して、19歳から城に努めて、今年で3年目なので私は今、21歳だ。

「そうなのか……よく考えみると、俺はイリスさんの歳も知らなかったんだな。これからイリスさんのことをもっと教えてくれるか?」
「はい。私もリカルドのことをもっと知りたいです」
「ああ、俺も……知ってほしい」

 二人で笑い合っていると馬車が停まった。

「着いたみたいだな」

 リカルドが窓の外を見ると眉を寄せた。

「なんだ? あの馬車は……」

 私の外を見ると船の前に馬車が停まっていた。
 すると船から数人が慌てて馬車に近づいて来たので、リカルドが扉を開けた。
 開けた瞬間に声が聞こえた。

「若!! 客人ですぜ」
「客人?」

 リカルドが眉を寄せると、別の男性が小声で言った。

「かのお方ですよ」 
「そうか……」

 私は少し近づいて尋ねた。

「お客様ですか?」

 リカルドが「ああ、そうみてぇだな。とにかく、イリスさんを部屋に送る」と言って、私の手を取った。そして駆けつけてくれた数人に向かって言った。

「悪いが、荷物を頼んでもいいか?」

 リカルドの声に来てくれた人々が「わかりました~」と声を上げた。
 
「イリスさん、暗いから急がなくていい」

 急がなくてもいいとは言うが、お客様を待たせていると聞いて、のんびりとはできないので、少しだけ早足で歩いた。

「遅い!」

 船内に入った瞬間に、廊下の壁に身体を預けるように立って待っていた王族特有の赤い髪の男性がこちらを睨んでいた。

(赤い髪に赤い目……もしかして、この方は、レイモンド殿下!?)

 王族を待たせてしまったことに身体が冷たくなっていく。レイモンド殿下とは、第3王子だ。王城に努めていたが、私は王族の方と直接かかわる部署ではないので、実際にお会いしたことはない。
 だが遠くからは何度も拝見したことがある。

(あれ……でもさっき船の前に停まっていた馬車は王家の馬車じゃなかった……)

 王族が移動するときはそれぞれの紋章の入った専用の馬車を使って移動するはずだが……

「申し訳ございません、殿下。ですが……お忍びというのは感心しませんね」

 リカルドは動揺することもなく答えた。

(そうか……お忍びだから御自分の紋章の入った馬車を使っていなかったのか)

 私が一人で納得していると、レイモンド殿下が小さく笑った。

「ふっ、人のことが言えるのか? リカルド……随分と危ない橋を渡っていたじゃないか……危うく、お前の領に法的措置を取るところだった」

(法的措置!? やぱり借金はそんなに大変なの!?)

 私は動揺していたが、できるけ視線を動かさず人形のように気配を消して、二人の会話の邪魔をしないように努めた。

「その件は、ピルオン公爵にもご尽力いただきましたので、何の問題もございません。ところで、なぜ殿下がこのような場所に? しかも……お忍びで……」

 リカルドが堂々と尋ねると、レイモンド殿下がリカルドを見て笑った。

「わかっているだろう? 私にも一枚噛ませろ」

 リカルドは、困ったような顔をして声を上げた。

「どうせ私に拒否権などないのでしょう?」

 レイモンド殿下はリカルドを見るとニヤリと笑った。

「あるわけがない」

 リカルドは鋭い瞳でレイモンド殿下を見つめた。

「書状はお持ちですか?」
「ああ」

 レイモンド殿下は、くるくると丸めた書状をリカルドに差し出した。
 リカルドは丁寧に確認すると再びくるくると巻いて頷いた。

「確かに」

 すると、ずっとレイモンド殿下の後ろに控えていたロダンがリカルドに書状を渡した。

「リカルド様、こちらを」
「ああ」

(リカルド様? なるほど、今は秘書としての役目ということね……)

 私は瞬時に、ロダンの対応の意味を理解した。
 リカルドは書類を確認すると、それをレイモンド殿下に手渡した。

「こちらでいかがでしょうか?」

 レイモンド殿下は、書状を受け取り、目を左から右に滑らせて文章を読んでいた。
 そして全てを読み終わったのか、書状から目を上げるとニヤリと笑って書状を懐に入れた。

「ふっ、いい条件だ」

 そしてリカルドに向かって笑った。

「せいぜい上手くやれよ」
「はい」

 リカルドは深々と頭を下げた。
 レイモンド殿下は、数人の部下を引き連れて意気揚々と船を降りて行った。
 そして、馬車に乗り込むと港から出て行った。
 馬車が見えなくなるまでずっと神妙な顔をしていたリカルドだったが、急に声を上げた。

「ははは、まさか向こうからわざわざ出向いてくれるとは!!」

 突然笑いだしたリカルドの様子に驚いていると、ロダンも口角を上げた。

「崖っぷちから一転、追い風になったな……」
「ああ、最高だ。よし、もう王都に用はねぇ。明日の朝一で港を立つぞ!! 全員に伝えろ!!」

 リカルドが声を上げると、周囲にいた人々が「明日の朝一に出発だ」と言って去って行った。
 そしてリカルドが私を見た。

「イリスさん、待たせてすまねぇ。部屋に案内するな」
「はい」

 私は、リカルドの隣を歩いた。

「話を聞いていたから知っているとは思うが、明日の朝一で王都を発つ」
「わかりました」

 両親にも結婚の報告が出来たし、仕事を辞める手続きなども終わったので明日王都を発ったとしても構わない。

「リカルドは第3王子殿下は仲がよろしいのですか?」
「え? ああ、仲がいいっていうより……同じ穴のムジナって感じだな?」
「同じ穴のムジナ?」
「ああ。レイモンド殿下とは、なんだかんだ協力関係になることが多いな。(まぁ、表にはあまり出せねぇ関係ではあるがな……)あ~~出来れば、レイモンド殿下がここに来たことは口外しねぇでもえるか? お忍びで来たみたいだから一応な」

 できれば?
 絶対の間違いではないだろうか?

「誰にも言いません、絶対に!!」
「あ、ああ。悪いな。今日は疲れただろ? ゆっくり休んでくれ。こっちだ」

 そして私はリカルドに連れられて船の中を移動したのだった。
 
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

有賀冬馬
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました

あい
恋愛
両親を失ったあの日、 赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。 それが、アリア。 世間からは「若い母」と呼ばれながらも、 彼女は否定しなかった。 十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。 恋も未来も、すべて後回し。 けれど弟は成長し、ついに巣立つ。 「今度は、自分の人生を生きて」 その一言が、 止まっていた時間を動かした。 役目を終えた夜。 アリアは初めて、自分のために扉を開く。 向かった先は、婚姻仲介所。 愛を求めたわけではない。 ただ、このまま立ち止まりたくなかった。 ――けれどその名前は、 結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。 これは、 十六年“母”だった女性が、 もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。

処理中です...