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23 城の中
しおりを挟むリカルドとロウと共に城内を歩いて気付いた。
この城は外からはかなり大きく見えたが、ほとんどが使われていない。
城内の至るところにかまどや、広い講堂のような部屋があったり、個別の倉庫のような部屋がたくさんある。
(使用感はあるけど、生活感はまるでない。以前誰かが住んでた、という雰囲気ではないし……もしかしてかなり昔に住んでた?)
「リカルド、ここには以前多くの方々住んでいらしたのですか?」
リカルドが私を見て答えた。
「ああ、ここは船や人の避難所としての役割もあるからこんな作りなんだ」
「避難所!! 確かにここは高台だし、避難所として申し分ないですね」
「まぁ、ここが使われない方がいいが、必要な場所だ。まぁ、祭りなんかもここで開催されることがあるけどな」
「町の人たちの場所なのですね」
「簡単に言うとそうだな」
どうやらこの城は避難所の役割もあるようだ。
海辺の町なので何か災害があった場合、町の人々はここに避難をしてくるのだろう。
よく見ると井戸なども多い。
(そうか……それで、こんなに広い場所が確保してあるのか……)
この街はかなり大きい。
人だってたくさん住んでいるだろう。
そうなると、避難所としてある程度の敷地を公的な物として保有しておく必要がある。
(もしかして、備蓄とか、災害とかが借金の原因なのかな?)
そんなことを考えながら歩いていた時だった。
前に何か黒い物が見えた。
「げっ!! 何だ、ありゃ!!」
リカルドも気づいたようで大きな声を上げた。
「贈り物ですよ、レッグナード様からの」
ロウが淡々と告げた。
「あれかぁ~~何の嫌がらせだよ!!」
渡り廊下には、大きな真っ黒なバラの鉢植えが数鉢置かれていた。
ちなみにこの国では、結婚などのおめでたい場に、黒い花は贈らない。むしろ、黒い花を贈る機会はないに等しい。
「あの人、よほど若に出し抜かれたのが悔しかったんでしょうねぇ……」
ロウが遠くを眺めながら呟いた。
(出し抜かれた……もしかして、ピルオン公爵家がリカルドの書類をずっと放置していたのって、もしかして意図的だったのかな?)
リカルドは眉を寄せながら言った。
「そうだとしても、黒いバラなんて贈るかぁ~~? あいつ、本当に、イヤなヤツだな!! ったく、これで憂さ晴らしかよ」
もしも一般の人が『結婚祝いだ』と言って、ピルオン公爵家から黒いバラなんて贈られたら、震えあがって結婚を破談にするかもしれない。そのくらい強烈な嫌がらせだ。
もしくは『結婚するな』という脅しだ。
「イリス様、不安になることはありません。相手は公爵家ですが、若の敵ではありません。ですので、結婚を取りやめるなんて言わないでくださいね」
ロウが私を見て真剣な顔をした。
するとリカルドがロウを見た。
「すでにピルオン公爵家と仲が良くないことは伝えてある」
「よかった、どうやって伝えようかと頭を悩ませていましたので……大抵のお嬢様は『ピルオン公爵家』と仲が悪いなんて聞いたら裸足で逃げ出すでしょうから」
リカルドは溜息をつくと、黒いバラの前に跪いた。
「困ったな……こいつらには、何の罪もねぇのにな……」
バラに同情する眼差しを向けるリカルドにロウが大きな声を上げた。
「まさか、若!! 植えると言いませんよね!? そんないわくつきのバラ!!」
リカルドは立ったまま驚愕しているロウを見上げて、眉を下げた。
「だってよ……切り花なら仕方ねぇが……鉢植えで来られるとな……こいつらはただ生きてるだけなのに……このままにして枯れたら、可哀想だろう?」
ああ、リカルドは本当にかっこいい……
私は思わず片手で口元を押さえていた。
「若、バカなこと言うなよ、いえ、何をおっしゃっているのですか……イリス様は結婚祝いに黒バラなんて、いい気分がしませんよ。私もですが……むしろ、灰にするべきですよ。業火で焼き尽くすべきです!!」
「灰な……」
再び黒いバラを見て、眉を下げるリカルドの隣に私は座って真剣な顔で言った。
「リカルド、どうか、この花を植えたいというのなら植えてください!! 私もみすみすバラを枯らしたくありません」
「本気ですか!? イリス様!?」
ロウが信じられないという顔で私を見た。
リカルドは、私を見て首を傾けた。
「本当にいいのか?」
私は力強くうなずいた。
「はい!! むしろ、命を大切にするリカルドのことを心から、かっこいいと思いました」
「え!? かっこいい?」
「え!? 公爵家から贈られた呪いの黒バラを擁護するとんちんかんな若が、かっこいい!? (これがかの有名な恋は盲目ってやつ?)」
リカルドとロウが同時に声を上げた。
黒いバラが贈られたら、普通は怒りや恐怖を感じて処分するだろう。
だが、生きている植物を大切にしたいというリカルドの心が本当に優しくて素敵だ。
むしろ、バラを処分なんてしたら、公爵家の思い通りになりそうだ。ここはぜひとも、リカルドの愛情をたっぷりと受けて、この地で大輪の花を咲かせてほしい。
リカルドはにっこりと笑うと、立ち上がり、私に手を差し伸べてくれた。
私もその手を取ると、立ち上がった。
「ムートにこのバラの植え替えを頼めるか? 俺がイリスさんを案内するから」
ロウは呆れたように言った。
「はぁ~~本当に若は、お似合いの方を見つけましたね……絶対に……逃がさないで下さいよ!! では、ムートのことろに行ってきます!! あ、言い忘れました。若宛てに緊急そうな書類が何件かあるので、それを早急に対処してください」
ロウはそう言うと、颯爽と歩いて行った。
リカルドは「緊急そうな書類な……あるだろうと思っていたが……まぁ、やるしかねぇな」と呟いた。
これから仕事をするというリカルドに私は、手を繋いだまま真剣な顔で言った。
「あの……リカルド、私にもお手伝いできませんか?」
「え!?」
リカルドは本気で驚いた顔で私を見たが、私もリカルドのために何かがしたかった。
「せめて資料の要約や、処理の重要度を並べるだけでも……」
リカルドはこれから仕事なのに、自分だけが部屋にいるというのに耐えられそうもなくて、お手伝いを申し出た。
彼はしばらく悩んだ後に、私を見た。
「ん~~じゃあ、もしも出来そうなら手伝ってくれるか? 無理だったら休んでくれよ?」
「はい」
こうして私はリカルドの仕事を手伝うためにリカルドと手を繋いだまま歩き始めた。
歩きながら「ここが客間」「ここが洗面場だ」など、1階を案内してくれた。
「イリスさん、こっちだ」
「はい」
そしてリカルドに連れて行かれたのは、1階奥の書類保管庫と書かれた部屋だった。
てっきり、執務室のような場所で仕事をすると思っていたので驚いたが、リカルドが私の手を離してドアを開けながら言った。
「俺は仕事をする時、いちいち書類を探すのに別の部屋に行くのが面倒で、書類保管庫で仕事してる」
書類保管庫で仕事……
確かに効率はいいだろうが……あまり書類庫で仕事をしているという人を見たことがない。貴族は大抵、大変立派な執務室を持っている。
「ここだ。さぁどうぞ」
リカルドが扉を開けてくれたので、私は中に入った。
「失礼します」
書類保管庫というのでほこりっぽいイメージだったが、大きなテーブルが並び、種類が整理されており、まさに図書館のようだった。
そしてテーブルの上に箱が二つ置いてあり、一つは空っぽ。もう一つには書類が山のように積み重なっていた。
「こっちが、未処理書類。そして、こっちが処理済みの書類。まぁ、ここを出る前に両方空にして出てが……溜まったようだな……ああ、今回も多いな……」
リカルドは、後ろの棚から両手に乗るほどの取っ手のついた箱を持って来て、それをテーブルに置いた。
そしてフタを開けると、インクやペン。印鑑や蝋封など事務用品が入れられていた。
(あれは、文房具が入ってたんだ……)
そしてリカルドは、ペーパーナイフを取り出すと、王家の封筒を手にした。
「リカルド、もうひとつペーパーナイフがあればお手伝いします」
私が手伝いを申し出ると、リカルドが「悪いな」と言って文房具入れから、もう一本ペーパーナイフを取り出した。
「とりあえず、全部開けてそれから重要度の高い順に並べようか」
「はい!!」
私は腕まくりをすると、ペーパーナイフを手に取った。
そして、集中する。
――秘技、高速書類開け!!
私は次から次へと高速で封筒を開けた。
これは、女官になって最初に身に付けた技だ。
そもそも、城には一日に膨大な書類が届けられる。その封筒の封を開けるだけで半日が終わる。
つまり、ただ封を早く開ける、それさえできれば早く帰れるのだ。
城での仕事は時給換算ではない。
どれだけ仕事をしたかで給与が支払わる。
となれば、たかが封を開けるという単純作業に時間を取られている場合ではない。
……まぁ、早く帰ったからと言って……やることはないのだが……
「イリスさん、何者だ!? 手が、手先が早くて見えねぇ!!」
リカルドが、眩しそうに私を見ていたが、そんなことを気にしている場合ではない。
私はただひたすら封を開けたのだった。
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