好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

文字の大きさ
35 / 95
第四章 崩れ行く天秤

34 半分しか見えない月

しおりを挟む



「ハンス……伯爵、失礼致します」

「待ってくれ、シャルロッテ嬢」

 ハンスを追いかけようとすると、ハフマン伯爵から声をかけられた。

「はい」

 私は、ハンスのお父様である現ホフマン伯爵を見つめた。

「ここ数ヶ月、ハンスの様子がおかしいのだが……何か知らないかな?」

 私は思わず、唇を噛んだ。ここ数ヶ月は学院のテストと、宝石の仕分けが忙しく、家に帰る時間さえもなくて、ホフマン伯爵の家に泊まったりしたというのに、ハンスとはあいさつ程度しか話をしなかったのだ。
 
『シャル、おはよう、昨日も泊まり込みだったのか? 負担をかけてごめん』

 ハンスは私と顔を合わせても、いつのもように優しく労いの言葉をかけてくれたり、いつものように笑いかけてくれていた。乗馬大会や剣の大会の前は、ハンスも忙しそうなので、今回もてっきりそうだと思っていた。
 だから、私はハンスが、騎士になろうとしていることさえ、知らなかったのだ。

「伯爵……申し訳ございません。私は、ハンスが騎士になろうとしていることさえ……知りません……でした」

「そうなのか?! てっきり、ハンスも君には話をしていると思っていた」

 伯爵は、驚いた顔をした後に考え込んだ。

「シャルロッテ嬢。私がもう一度、ハンスと2人で話をしよう。その後、もう一度、君と話がしたいのだが……どうかな?」

 伯爵の言葉に、私は頷くしかなかった。

「はい」

「今日は、帰ってゆっくりとおやすみ」

「はい」

 私はまるで、壊れた人形のように『はい』とだけを繰り返すと、ピエールに送って貰って、ハンスの家を出たのだった。家に戻った途端、私は部屋に閉じこもった。

 ずっと私に優しくしてくれた元ホフマン伯爵を亡くし、自分が思い描いていたハンスと一緒に宝石に関わるという未来が崩れていくようなそんな恐怖を感じて、きっと酷い顔をしているはずだ。こんな顔を誰にも見せらなかった。

トントントン。

 夜空が窓を覆う頃、控え目なノックの音が聞こえた。

「お嬢様。お食事ですよ」

 エマが、控え目に声をかけてくれたが、私は何も答えられなかった。
 すると、ガタッと音がした。

 きっと、エマがドアの向こうにドアを背にして座ったのだと思う。昔から、私が部屋に閉じこもると、ドアを背にして話を聞いてくれた。
 私もドアまで行くと、ドアを背にして座った。

 なぜだろう。
 ドアの向こうにエマも気配を感じて、思わず泣きそうになった。

「お嬢様。今日の月は、キレイに半分ですよ」

 エマにそう言われて、窓から見える月を見上げた。

「前に本で読みましたよね。月って、本当はずっと丸いのに、光が当たる部分か変わることで、形が変わるって………今日は、半分だけ見えているんですね」

「半分だけ……」

 私は、エマの言葉を聞きながら月を見上げた。

「半分しか見えなかったら、月って半分しかないのかと思いますよね」

 見えなかったら……ないと思う?
 そう言われて、ハンスの言葉を思い出した。

『現実問題。私とシャルだけで宝石の仕分けを全て行うというのは、負担が大きすぎます!! 父上たちは、助けてくれないのでしょう?!』

 あの時、ハンスは私とハンス2人の負担が大きいと言っていた。確かに、ずっと元ホフマン伯爵がやっていた仕事を2人でするのは、私も不安だった。
 
「ハンスも、伯爵が亡くなって不安……だったのかな?」

「そうかもしれませんね」

 元ホフマン伯爵が亡くなった今、ハンスのお父様が宝石事業の最終責任者といえ、実際に実務的なことの責任者は、ハンスだ。きっとそれは私が想像する以上の重圧なのかもしれない。
 
 ハンスはいつも私に優しいが、あまり私に弱いところは見せてくれない。もっと私にも頼って欲しいと思うが、あまり頼ってはくれない。

「私って、頼りないのかな?」

 私が小声で呟くと、大きな声が聞こえた。

「お嬢!! それは違います!! 男ってのは、惚れた女に弱みなんてなかなか見せられねぇ、生き物なんです!!」

 どうやら、ドアに向こうに居たのは、エマだけじゃなく、エイドも居てくれたようだった。エマとエイドの気持ちが嬉しくて、私は足に力を入れて立ち上がった。
 
 トントントンと、扉を叩くと、エマが立ち上がる気配を感じて、扉を開けた。

「お嬢様!!」

「お嬢!!」
 
 まるで泣きそうな顔のエマに抱きしめられて、エイドに髪を撫でられた。

「ご飯まだある?」

 私が尋ねると、2人が笑顔になった。

「はい!!」

「もちろんです!! さぁ、ご飯食べに行きましょう!!」

「ええ」

 私は、前を歩く2人の背中に向かって小声で呟いた。

「……ありがとう」

 すると、かなり小さな声だったにも関わらす、2人が振り向いた。

「今日は、お嬢の好きなシチューですよ」

「ふふふ、デザートにリンゴパイもありますよ」

 私は思わず2人の腕に抱きついた。2人は嬉しそうに目を細めながら、食堂に向かったのだった。


 ☆==☆==

 その頃……ホフマン伯爵家では。

 トントントン。

「失礼します」

「入れ」

 ハンスが扉を開けて、ホフマン伯爵夫妻の待つ部屋に入ったのだった。


しおりを挟む
感想 253

あなたにおすすめの小説

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

処理中です...