好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

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第八章 開花する才能

70 初仕事(3)

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 昼食を終えて、私たちは、また仕事に戻ることにした。

「さぁ、これから鑑定をするわ」
 
 この辺りの地域では、宝石は10等級まで分類されてる。
 重さや見え方、希少性など、全ての宝石に細かく規定された各国共通の基準があるのだ。
 なぜここまで、共通の分類方法があるのか言うと、この国を含めて数か国が、金や宝石などの資源の量だけ通貨を発行できる、貴重鉱物本位制を採用しているからだ。

 通貨の量を決めるこの鑑定という仕事は、宝石に関わる者たちの中で一番責任の重い仕事でもあるのだ。
 私は、ランゲ侯爵から、宝石保管庫の管理はゲオルグに任せているという言葉を思い出して、ゲオルグに尋ねた。

「ゲオルグ、ミーヌ侯爵家とホフマン伯爵家から宝石は届いているかしら?」

 この国の宝石の産出領は2つだ。
 一つはずっと私がお世話になっていたホフマン伯爵領
 そして、もう一つは、何十年も前から、領内に4つの鉱山を持つ名門ミーヌ侯爵領。
 元はこの仕分け作業はミーヌ侯爵家の仕事だったが、国境が近く、防衛事業もあるため、宝石の管理までずっと続けていくのは難しいと、2代前のホフマン伯爵家。宝石を見る目のあった、当時のホフマン子爵に仕分けの権利を譲ったのだ。

 今でも、ミーヌ侯爵領には、一級鑑定士がそれぞれの鉱山に1人ずつ、4人も在中している。昔から変わらず宝石業のエリート領なのだ。

「ああ、届いている。それと、ミーヌ侯爵から、シャルロッテに贈り物も届いている。
 仕事終わりの方がゆっくり確認できると思ってたのだが……今、渡すのがいいかもしれないな」

「何かしら?」

 ミーヌ侯爵は、前ホフマン伯爵と同じ時期に、貴族学院に通っていたご学友だったらしく、仲が良かったのだ。私も何度もお会いして、チェスの相手をして頂いた。

「少し待っていてくれ」

「ええ」

 ゲオルグが、隣の宝石保管庫から、小さな箱を持って来てくれた。
 箱には手紙が付けられていたので、私は急いで手紙を開いた。

『親愛なる私の年若い友人、シャルロッテ嬢へ
 告別式の時、君が親族席に参列していなかったことに憤り感じたが、今にして思えば、これで良かったのかもしれぬ。シャルロッテ嬢には、もっと素晴らしい未来が待っているはずだ。ランゲ侯爵なら申し分ない。私にも何か困ったことがあれば、遠慮なく頼りなさい。それが亡き友への冥途の土産話になるだろう。
 君の素晴らしい未来への門出を祝して……』

「ミーヌ侯爵……」

 私は思わず、手紙を抱きかかえた。
 そして、頂いた箱を開けて私は固まってしまった。

「え?」

 私が立ち尽くしていると、ゲオルグが怪訝な顔で尋ねてきた。

「どうした?」

 私は震える手で、箱の中身をゲオルグとエイドに見せた。
 これは、この国で産出される中で、もっとも希少価値が高く、しかもこれほどの大きなら、宝石の等級の頂点である1等級に間違いない。
 王族でさえも震える宝石。

「これは……ローザルコンシエルか?! ……初めて見たな」

 ゲオルグが息を飲んだ。

「これが……本物のローザルコンシエル」

 エイドもまるで引き付けられるように宝石を見ていた。

 そう、この宝石は、七色のバラと呼ばれる、とても希少価値が高くほとんど産出されない。
 薄いピンク色の中に様々な色が混じり合い、信じられないほどの美しい輝きを放ち、人々を魅了する、至宝『ローザルコンシエル』だった。
 宝石言葉は『最高の未来は、もうすでに手の中にある』だ。

 私は、思わず泣いてしまった。
 もしかしたら、ミーヌ侯爵は私とハンスが婚約破棄をしたことを、すでに知っているのかもしれない。

「どうしましょう。嬉しいわ」

 私は、ミーヌ侯爵の気持ちが嬉しくて泣いた。
 もしかしたら、亡くなったホフマン伯爵は、私のことを心配して、ミーヌ侯爵に話をしてくれていたのかもしれない。

 私は、泣くのを止めて、顔を上げた。

「ゲオルグ。申し訳ないけれど、この宝石を、後でここの宝石保管庫に、保管してもいいかしら?」

「ああ、構わない」

「ありがとう!!」

 私は、今だけ輝く美しい姿を見ようと、自分の執務机の上にミーヌ侯爵に頂いた宝石を置いた。
 そして、宝石を見て心の中で呟いた。
 やるだけのことやってみます。どうか見ていて下さい。
 
 それから私は、ゲオルグの方を見て言った。

「ゲオルグ。申し訳ないのだけれど、各領から届いた宝石を出してくれないかしら?」

「ああ、エイド手伝ってくれるか?」

「もちろんです」

 ゲオルグたちが宝石保管庫に行っている間に、私がテーブルに布を広げようとすると、セバスさんがスッと手伝ってくれた。

「ありがとう」

「いえ」

 そして、セバスさんは、すぐにドアの近くに戻った。ホフマン伯爵家の執事も私が布を広げようとすると、すぐに手伝ってくれていたことを思い出した。こういう何気ない親切がとても嬉しものなのだ。

 そうして、布を引いたテーブルの上にゲオルグとエイドが宝石を並べてくれた。
 今回は、少し間が空いたせいか、いつもより少し多かった。

 次は、各領の鑑定士が鑑定した1等級から6等級までの宝石の鑑定に誤りがないか、もう一度確認するのだ。これは、仕分けする宝石の質を確かめるという作業も兼ねている。
 
 私は、宝石鑑定道具を用意しながら言った。

「エイドは、ホフマン伯爵領の6等級の鑑定書が正しいことを確認してくれる? あ、エイドの鑑定道具はここにあるわ」

「6等級ですね。はい」

 エイドは、ホフマン伯爵領から運ばれて来た6等級の箱を持つと、自分の執務机に座った。
 そんなエイドを見て、ゲオルグが不思議そうな顔をした。

「なぜ、エイドが鑑定を?」

「ああ、ごめんなさい。エイドは二級鑑定士なの。だから、私とエイドが鑑定をしている間、ゲオルグは休んで……」

 実はエイドとエマは二級鑑定士の資格を持っているのだ。
 2人とも知識でなら、すでに一級鑑定士も受かるとは思うのだが、一級鑑定士になるのは、どうしても4等級以上の宝石を多く見なければ、実務試験での合格が難しい。
 ホフマン伯爵家クラスのセキュリティのない、私の家に貴重な4等級以上宝石を持ち帰ることなどで出来ないので、2人は、実務経験不足で、一級鑑定士に合格できずにいるのだ。

 私が宝石を鑑定しようとすると、ゲオルグが声を上げた。

「セバス、あれを」

「はい」

 セバスさんは、ゲオルグ専用の棚から、美しい装飾の施された書類綴りを取り出した。
 そして、ゲオルグはセバスさんから書類を受け取ると、私にその書類綴じを手渡した。
 私は、不思議に思いながら書類綴りを開いた。

「え?」

 そこには、一級鑑定士に合格したことが証明する書類がつづられていた。

「私も一級鑑定士だ。だから、鑑定を手伝える」

 私は、ゲオルグと書類を交互に見つめた。

 どうして、ゲオルグがこれを?
 宝石の一級鑑定士?!
 私は思わず声を上げた。

「ゲオルグ、一級鑑定士なの?! ええ? どこで宝石の勉強をしたの??」

 ゲオルグが手を出したので、私は書類綴りをゲオルグに返した。
 じっと見つめていると、ゲオルグが書類綴りをセバスさんに渡すと困ったように眉を下げながら言った。

「独学と、わからないところを、少し城の鑑定士に聞いた」

「独学……独学で一級鑑定士……凄いわ!!」

 私は、7歳から宝石のことを勉強している。
 しかも、私の師は、一級鑑定士でもあり、宝石の全てを知った男と呼ばれ前ホフマン伯爵だ。
 そんな方に教えてもらってやっと、私は13歳で一級鑑定士になり、ハンスは16歳でこの資格を取ったのだ。
  
 とても、独学で取得できる資格だとは思っていなかったが、現にゲオルグは独学でこの資格を所有している。
 この資格を取るまで、ゲオルグは一体どれほどの努力をしたのだろう?

 この資格を取ることの大変さが、わかるからこそ、胸が熱くなった。
 私が感動して立ち尽くしていると、ゲオルグが困ったように言った。

「だから、私も一緒に鑑定を手伝う……手伝わなければ取った意味がないからな」

 私は自分の耳を疑った。

――手伝わなければ取った意味がないからな。

 ゲオルグは確かにそう言った。
 その言い方だと……ゲオルグはまるで私のために、この資格を取ったように聞こえる。

「もしかして……私のために勉強を? 一級鑑定士を……独学で……?」

 すると、ゲオルグは、当たり前のように言った。

「ああ。……いい男になると、シャルロッテと約束したからな」

「え?」

 私は思わず、ゲオルグを見つめた。

「私は、シャルロッテが困っている時に、すぐに助けることが出来る男がいい男だと思った。
 だから、いつかシャルロッテを馬に乗せて走れるように、乗馬の訓練をしたし、シャルロッテを物理的に守れるように剣の稽古をした。
 そして、社会的に守れるようにSクラスに入れるように勉強したし、仕事で困った時に守れるように宝石の勉強をした……私は、ただ……シャルロッテとの約束を守っただけだ」


――ただ約束を守っただけ?

 ただ、それだけのために?


「っ……ゲオルグ!!」


 気が付くと、私は、ゲオルグに抱きついていた。

 幼い頃、ゲオルグとケンカをしたことがあった。
 だが、仲直り出来た。その時に、ゲオルグは私に確かにいい男になると約束してくれた。

 だが、こんな形で約束が守られるとは思わなかった。

 自分でもどうすればいいのかわからない感情が、溢れてきた。

 嬉しい。
 胸が痛い。
 顔が熱い。
 信じられない。
 じっとしてられない。

 そんな感情を全て込めて、ゲオルグに抱きついた。

 こうすること以外で、この感情をどうゲオルグに伝えればいいのか、わからなかったのだ。

 すると、ゲオルグが一瞬固まった後に、私の背中にゆっくりと両手を回して言った。

「まぁ、今後、まだまだいい男になる予定だ」

 私はゲオルグの腕の中から、ゲオルグの顔を見上げながら言った。

「ふふふ、これ以上いい男になるの?」

「ああ」

「それは……楽しみだわ」

「楽しみにしていてくれ」

 ゲオルグに抱きしめられて、ふと、窓辺を見ると、先ほど机の上に置いたローザルコンシエルの輝きが見えた。


――君の最高の未来は、もうすでに手の中にある。


 確かに私は、もう最高の未来を掴んでいるのかもしれない……と、そう思った。



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