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3 貴族男子
しおりを挟むベルナデットになって1ヶ月が過ぎていた。
いつの間にやら過ぎていたのだ!!
本当に私はこの世界について無知だった。
当初、苗字の一種だと思っていた兄の放った謎の言葉『コウシャクケ』。
これは、爵位の一つだということが発覚した。しかも、王家に次の爵位である公爵家。
つまり私は公爵令嬢だったのだ。
『コウシャクケ』が爵位だと知ってしまった今となっては当たり前としか言いようがないが、民主主義、みんな平等の日本で平凡に過ごす一般人にとって、爵位なんて言葉は、咄嗟には浮かんでこない。
白状しよう。
家庭教師の先生に爵位について説明を受け、公爵家がどれだけ国にとって重要な家なのか説明を受けたのだか、あまり実感がわかない。
理屈としては、身分制度があるというのは理解できるが、そもそも感覚としてはよくわからない。
これはもうこの国で過ごしながら実感していくしかないだろうと思っている。
一番驚いたのは不敬罪という恐ろしい罪があると知ったことだ。
先生に口が酸っぱくなるほど説明を受けた。
なんと、身分が上の方にうっかり自分から名前を名乗っただけで投獄される危険性があるし、発言によっては、司法を通さずそのまま、殺されてしまうこともあるらしい。
なんて恐ろしい世界だ。怖すぎる。
もっぱら私の最近のスローガンは『気を付けよう不敬罪』だ。
事なかれ主義?長い物には巻かれてる?
好きに言ってくれてかまわない。
私は、そんなおかしな罪で死にたくはない。
どうやら以前の私は、酷くわがままな子供だったようだ。
兄などは、未だに疑っている。
過去の私はどれだけ酷い子だったのだろうかと心配になる。
いくら公爵家の令嬢と言えど、どうなるかわからない。
私が気を付けて不敬罪にならないように生きよう。
今日の勉強が終わり、のんびりとテラスのソファーでおやつを食べていると、兄が隣にドカッと座った。
(なぜ隣にすわるのかな?君は。
前も空いてるでしょう?
・・って機嫌が悪くなるから言えないけど。)
「おい。勉強は終わったのか?」
「勉強に終わりはございませんが、今日の分と限定するなら終わりました。」
「疑わしいな。後で本当にできたのか確認してやる。」
そういうと、兄の従者のロランが持ってきたレモネードを飲んだ。
態度は最悪だが、飲む姿は美しかった。
さすが次期公爵だ。
「お兄様の貴重なお時間を頂くのは心苦しいので遠慮しておきます。
それにこの後はサマーガーデンを散歩しようと思っていますので。
新しい苗を植えると聞きましたので見にいきますの。」
驚くことに公爵家の敷地はとても広く、
セントラルガーデン、
スプリングガーデン、
サマーガーデン、
ローズガーデンと4種類の庭園がある。
勉強が終わると暇なので、いつも木陰で本を読むか、庭を散策していた。
今日はサマーガーデンに植える新しい苗が届くらしいので、その様子を見に行こうかと漠然と考えていた。
「また、目的もなく無駄な時間を過ごしているのか?
そんなことをしている暇があるなら己を高める努力をしたらどうだ。」
(己を高める努力って、一体兄はいくつなの?
まぁ、見た目は高校生くらいにみえるけど実際はもっと若いんだろうな。
でも努力かぁ~。
勉強もそこそこで、仕事もそこそこで、努力っていう努力をしたことないなぁ~。)
「お兄様は己を高めるために何をされているのですか?」
いつも兄とのやり取りは面倒で笑顔で流しているが、今日は思わず兄に尋ねてしまった。
「私は、学問はもちろんだが、剣技や馬術も高みを目指したいと思っている。」
「確かにお兄様は、朝早くから、剣の稽古をされていますよね。」
窓から見える兄の姿をいつも傍観していた。
(若いっていいね・・・。)
まぁ、今の私は6歳なので充分若いのだが。
「驚いた。私が早朝に剣の稽古をしているのを知っているのか?」
「はい。そうですね。知っていますね。窓から見えますし。」
「そんな早くに起きて、何をしているんだ?」
「え?」
(何をしているか?
毎日早い訳じゃなくて偶々早く起きて目撃しただけなんだけどな・・。
その日はぼんやりと兄を見てたな・・。)
「お兄様の様子を眺めていました。」
「なっ!!!」
そう言った瞬間、兄の顔が耳まで真っ赤になった。
(しまった。
こんな可愛い子が、『見つめていました。』なんて言って、純情な少年を照れさせてしまった。)
そう思って、謝ろうとした瞬間、兄が烈火のごとく大きな声を上げた。
「早く起きた貴重な朝の時間におまえは一体何をやっているんだ!
私の様子を見るなんて不毛なことに時間を使わず、自分を高めるために時間を使え!!
それでも公爵家の人間か!!」
(えええ~~~!!
今の反応、照れて赤くなる初心な少年の顔じゃないの???
自分を高めるために時間を使わないことの説教とか!
そんな種類の説教聞いたことない!!
貴族男子すごいな。高潔だな!!)
そして私は納得してしまった。
(・・・でも、そうか。
・・努力が当たり前の人にとっては、努力をしないのは歯がゆいのかもしれないな。
身内なら特に。
でも、自分を高めるための時間か・・・。)
兄の言葉に私はあまりにも無知だとまた痛感させられる。
自分を高めることに全力を尽くす。
そんなこと一部の才能に恵まれた人だけがすることだとずっと思っていた。
私は努力を知らない。
なんだか悔しいような、悲しいようなどう表現すればいいのかわからない感情に襲われて泣きそうになった。
「エリック様。言い過ぎですよ。
ベルナデット様は記憶を無くされながらも、弱音を吐かず頑張っておいでじゃないですか。
エリック様も、『最近のベルは頑張っている』と。」
「ロラン!余計なことを言うな。」
兄の従者のロランが助け船を出してくれた。
すると、少し離れて座っていた兄がピッタリとくっついてきたと同時に、優しく頭を撫で出した。
何が起きたのかわからず、混乱していると兄が真っ赤な顔で覗き込んできた。
「まぁ、最近のベルが頑張っていることは確かだがな。」
その瞬間、目から涙が溢れてきた。
どうして泣いているのか自分でもわからなかった。
悲しいのか、寂しいのか、嬉しいのか、恥ずかしいのか、色んな感情が混ざりあって、いつの間にか兄に抱きついて大声で泣いていた。
涙が止まり、冷静になった。
兄の服は私の涙でかなり濡れていた。
恥ずかしくなって、慌てて兄の胸から離れようとすると、いつの間にか抱きしめられた腕に力が込められ、また腕の中に戻された。
兄の心臓の音を聞きながらドキドキしていると、いつもより優しい声が聞こえてきた。
「ベルには、何かしてみたいことはないのか?」
「してみたいこと・・・。」
「そうだ。ダンスや乗馬、あとは、刺繍に、専門知識に、楽器、それから・・・」
「楽器・・・・。」
「ん?ベルは楽器に興味があるのか?」
兄の腕の力が少し緩んで、顔を覗きこまれ目が合った。
「そうですね・・。楽器が弾けたら、楽しいでしょうね・・。」
高校の時の仲のいい友達が吹奏楽部に入って、毎日のようにトランペットを吹いていた。
何度か休みの日に臨海公園に付き合って、友達の演奏に拍手を送った。
ほとんど休みのない部活で、大変そうだったけど、とても楽しそうだったのを思い出した。
(楽器!!できれば、私も外で演奏してみたい。
あ、小学生の時に学習鑑賞会でみたオーケストラのヴァイオリン素敵だったよね~。
お母さんにヴァイオリンしたいって言ったら、経済的な理由で無理って言われて諦めたよね・・。
ヴァイオリン、弾けるようになりたいかも。)
勢いよく兄の胸から離れて、兄の顔をまっすに見つめた。
「お兄様。私、ヴァイオリンを弾けるようになりたいです。」
すると、兄は見たこともないくらい優しく微笑んでくれたのだった。
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