我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番

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39 兄の新たな魅力

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私は午前中をすべてヴァイオリンの練習に費やした。
意外だったが、山に登ったのもよかったかもしれない。

悲壮感漂う曲や、絶望感を表現する曲の理解が深まった気がした。

(ああ。表現したい感覚に技術が追いつかなくて悔しいわ!!)

自分はまだまだ練習不足だと痛感したところで、王宮からみんなが帰ってきた。
午後のお茶をみんなでサロンで取ることになった。

サロンにはすでに、お父様と、トリスタン様がいて話をしていた。

「失礼します。」

私が部屋に入ると、トリスタン様が手招きをして、隣に座るように言ってきた。

(ああ~。兄を強制連行すればよかった。)

トリスタン様の隣に座り、己の失敗を悔やんでいると兄が入ってきて私の前に座った。
兄はいつも私の横に座るので、前に座っている兄を見るのは新鮮だった。
するとトリスタン様が楽しそうに話しかけてきた。

「ベル!さっき部屋で練習していた曲も素敵だったね。
ねぇ。今度はエリックと一緒に弾いてくれないかい?」
「え??」

私は驚いて目の前に座っているお兄様を見た。

「ぐっ!!ごほっごほっごほっ。」
「お兄様、大丈夫ですか?!」

兄がお茶のカップをテーブルに置き、凄い勢いで咳き込んでいる。
私は兄を心配しながらもどこか先程のトリスタン様の言葉が引っかかっていた。

「ああ。それはいいな。ぜひ聞かせてくれないか?
エリックも、毎日欠かさず練習しているだろ?」

お父様もにこにこと笑ってこちらを向いていた。

(どういうこと?お兄様も楽器が弾けるの??
でも・・そんな素振りちっとも・・。)

私が怪訝な顔で兄をじっと見てると、ばつの悪そうな顔で兄がこちらを見た。
そしてすぐにトリスタン様の顔を見た。

「私はベルと合わせたことなどありませんよ?」
「大丈夫さ。」
「そうだ。エリックの腕なら合わせられるだろ?」

お父様と、トリスタン様から期待のこもった瞳で見つめられ、とうとう兄が折れた。

「わかりました。」

そして、私の方を見た。

「ベル、おまえが最近まで練習していた・・~~♪~~♪~~♪
って曲・・。いけるか?」
「はい。お兄様・・。音程完璧ですわね・・。」
「・・無駄口叩いてないで、準備しろ。」

兄は顔を赤くして、私を追い払うような手付きをした後、サロンから出て行こうとした。
以前から思っていた事だが、兄はあんなに頭がいいのに、曲名や技法名を覚えるのは苦手なようだった。
だから、曲を歌って説明したのだろう。
兄の意外な弱点に顔がニヤけるのが止まらなった。

(ふふふ。完全無欠の兄の欠点、発見だわ~!!)

「わかったのか?」
「はい!!」

私は部屋に戻って、ヴァイオリンと先程兄に指定された曲の楽譜を持った。
そして、ふと思った。

(兄の楽器はなんだろう?)

今まで共に過ごしてきて、私は一度も兄の練習する姿を見たこともなければ、音を聞いたこともなかった。
兄は朝早くから、遅くまで予定が詰まっている。
一体いつ練習する時間があったのだろう?
疑問だらけのままサロンに向かった。



ドアを開けて、思わず「わぁ~。」と声を上げた。

兄がチェロを構えていた。

「かっこいい。」

小声で呟いたはずなのに、聞こえていたようで、お父様がにっこりと笑った。

「本当に、かっこいいよね。」
「調弦します。話しかけないで下さい。」

耳まで赤くなった兄が調弦を始めた。
私も急いで、調弦を始めた。

(兄のチェロの音色はとても美しいわ・・。)

しばらくして音が止んだ。
兄がこちらを確かめるように見た。
私は小さく頷いた。

「では。」

兄のチェロに合わせるようにヴァイオリンを弾いた。
サミュエル先生と合わせることはあったが、他の人と、ましてや他の楽器と合わせたことはなかった。

兄のチェロの音を聞いていると、まるで空の中にとけてしまいそうな程の幸福感に包まれた。
初めて音を合わせたとは思えない音楽が耳に届いた。

(気持ちがいい・・。まるで大きくて優しい手に包まれているみたい。)

夢中で演奏していた。
演奏が終わると、酷く寂しいさを感じた。

(まだ音を合わせていたい・・。)

すると、お父様とトリスタン様が大きな拍手をしてくれた。
気が付くと、兄の従者のロランや侍女のマリーたちも拍手を送ってくれた。

トリスタン様が立ち上がって、拍手をしてくれた。

「いや~。本当に素晴らしいね!!
エリックの音はエリザベス様の音が蘇ったようだ。
本当に素晴らしい。
まるで、あの2人の演奏を聞いているようだ!!」

(あの2人??エリザベス様って私の母よね?もう一人は誰かしら?)

「ありがとうございます。
私もベルと音を合わせるのがこんなにも充足した時間になるなど思いもしませんでした。」
「私も!!お兄様と音を合わせてとても幸せな気持ちになりましたわ!!」

私は興奮していた。
それほど先程の音は私に高揚感を抱かせたのだ。

だが、私は兄に恨みのこもった視線を向けた。

「どうして、チェロを弾けることを隠していらっしゃったのですか?」

すると、兄が困ったように眉を寄せた。

「ベルの記憶から私がチェロを弾くことは消えていたようだった。
それに以前のおまえは、チェロを憎んでいるようだったからな・・。
折角ヴァイオリンに真面目に取り組んでいたからな。
あえて言わなかった。」
「え・・?チェロを憎む?」

(こんな美しい音を憎むなんて・・。)

だがそう思った途端に、胸の中に悲しくて、悔しくどうしようもない思いが湧き上がってきた。
私はその感覚に思わず泣きそうになってしまった。
すると、お父様がすっと横に来て、私の手に手を添えてくれた。

「ベルナデットは、チェロが嫌いだったわけじゃないよ。
ただ、エリックのように上手に弾けなくて悲しかっただけだ。
それが証拠に君は記憶を失ったのに、もう一度楽器に挑戦して弾けるようになってる。
だからね。憎んでいたのではなく、羨ましかったのだと今なら思うな。」

すると、兄が微笑んだ。

「そうですね。
きっとそうなのでしょうね。」

(ああ。そうか・・。今のはベルナデットの記憶・・。
本当はこんな綺麗な音を弾きたかったんだね・・。)

兄がチェロをケースにしまいだしたので、私もヴァイオリンをケースにしまった。

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