我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番

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SIDE エピソード

エピソード3 在りし日のブリジットとサミュエル 

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「ブリジット様。結婚前に、ベルナデット様と結ばれてしまったことをお詫び申し上げます!!
 ですが、責任は取ります!!
 私の全てをベルナデット様に捧げます」

 サミュエルは、ブリジットに向かって頭を下げた。

 ここは、ブリジットの執務室。
 サミュエルは、ベルナデットと結ばれた翌日にブリジットの執務室を訪れて謝罪をしたのだ。


「え♡ とうとう結ばれたのね♪」

「え?」

 てっきりお怒りの言葉が降ってくると思っていたサミュエルは顔を上げて嬉しそうに微笑むブリジットを見つめた。

「ふふふ。あの状況で我慢だなんて、トリスタンには絶対無理ね。
 むしろ、馬車から出れないかもしれないわ。
 サミュは充分紳士だったと思うわよ♪ ベットまでは待ったのでしょうから……」

「……え……と? はい……ベットまでは待ちました……」

 ブリジットの言葉にサミュエルは首を傾けた。
 そんなサミュエルの姿を見たブリジットがクスクスと笑った。

「そういうところ、本当にサミュは変わらないわ。
 いつかも……」





+++





 サミュエル5歳。

「サミュ。そんな弾き方ではいい音は出ないわ。
 姿勢が崩れているわ」

 ヴァイオリンを教えてほしいと頼まれ、ブリジットは時間のある時にサミュエルを公爵家に呼んで、ヴァイオリンの指導をするようになっていた。
 
 練習熱心なサミュエルは時間があれば、公爵家を訪れていた。

 そしてその日も、ブリジットはサミュエルの指導をしていた。
 ブリジットは、どんどん身体が傾いてくるサミュエルの肩にポンと手を置きながら指摘した。

「先生!! 姿勢が崩れると言われてもわかりません!!」

「ん~~右肩がだんだん上がっていくのよ。サミュは」

「右肩……? ……わかりました」

 そう注意した次のレッスンで、サミュエルは姿勢を崩さずに弾けるようになっていた。

「今日は全く姿勢が崩れないわね。すごいわ」

 ブリジットが手放しで褒めると、サミュエルも嬉しそうにしながら顔を赤くした。

「はい。……先生に言われて、どうすればいいのか考えました。
 そして鏡の前で練習しました」

「へぇ~~~鏡かぁ~~。それで?」

「はい。美しさの欠片もない自分を見ていられなくて、とにかく姿勢だけは、先生のように先生の真似をしました」

「真似……なるほどね……ふふふ」

「何がおかしいのですか?」

「いえ。サミュは本当にすごいわね。
 私も勉強になるわ」

 ブリジットが微笑むと、少年は驚きの言葉を放った。

「……5歳の子供相手に勉強になると言える大人である先生の方がすごいと思います。
 そんな殊勝な大人は私の周りにはいませんから」

「……あはははは!! サミュは本当に5歳なの?!
 大人になった君はさぞ、いい男になっているのでしょうね?」

 ブリジットは久しぶりに大笑いをして目に溜まっていた涙を拭った。

「……今は、いい男ではないと……」

 サミュエルがどこか不満そうに口を尖らせた。

「ふふふ。いえ、女性に応援したいと思わせた時点でサミュは充分にいい男よ。
 いい?
 これからも、誠実にヴァイオリンと向き合うのよ?」

「誠実ですか?」

「そう。嘘はつかない。
 ヴァイオリンもそうだけど、大切なことや人に対して嘘をついたり誤魔化したりしては、いい男にはなれないわ。
 特にヴァイオリンの音色は君の努力を一番良く知ってる。
 絶対に誤魔化せない。
 いい? まずはヴァイオリンと、今頑張っている自分を裏切ってはダメよ」

「はい。では、私は将来先生が応援したくなるような、いい男になります」

 サミュエルは真剣な眼差しでブリジットを見つめた。
 ブリジットはその瞳が眩しく思わず目を細めたのだった。

「うん。楽しみにしてるわ」

「はい!!!」


+++


「ブリジット様!! どうされたのですか?」

 突然話をやめたブリジットを心配してサミュエルが顔覗き込んだ。

「え? いえ。何でもないわ。
 サミュ。もう子供が出来ても構わないわ。
 今は2人の愛を深めることが、今後の困難を一緒に乗り越えることにも繋がると思うから。
 存分にイチャイチャラブラブして愛し合って♡
 サミュエル。私はあなたを心から応援しているわ」

 サミュエルは、姿勢を正し、臣下の礼をとってみせた。

「……ありがとうございます。それでは、そろそろ戻ります。
 ベルナデット様もお仕度が終わられるでしょうから」

「ええ」

「では失礼致します」

 背中を向けるサミュエルをブリジットが呼び止めた。

「サミュ」

「……?」

 不思議そうな顔で振り返ったサミュエルにブリジットは優しく微笑んだ。

「いい男になったわね」

「……ありがとうございます。
 ですが……今後、もっといい男になる予定です」

 昔と変わらない決意ある強気な態度が頼もしく思えた。

「ふふふ。そういうところも、あなたらしいわ。
 サミュ。娘をよろしくね」

「はい。必ず幸せにします」



+++



 サミュエルが去ると、ブリジットの執務室の隣の部屋からトリスタンが楽しそうに姿を現した。

「妬けるな~~~」

「聞いてたのね?」

 ブリジットの言葉にトリスタンが片目を閉じて尋ねた。

「まぁね。どんな気持ちなの? 教え子が『いい男』になるっていうのは?」

「ふふふ。最高の気分よ♪」

 ブリジットは微笑みながら目を閉じた。


――……そう気分は最高だ。



「そっか。さて、じゃあ、その子たちの休暇のためにも頑張ろっか」

 そんなブリジットを見てトリスタンも嬉しそうに目を細めた後にわざと大きな声をあげた。

「ええ♡」


 ブリジットはふと扉を見て、先ほどのサミュエルの背中を思い出した。


(本当に……成長したわ)


 最愛の娘を自分の手で育てることは叶わなかった……。
 でも、人生で唯一の教え子が、愛しい我が子を導いてくれた。

 こんな奇跡があるのだろうか?


「ねぇ、トリスタン。人の縁って不思議で……最高ね」

「最高の縁だと思えるなら、それは君が掴んだものだよ。頑張り屋のブリジット♡」

 トリスタンがそういうと片目を閉じた。

「あなたは、本当に私を操るのが上手いわ」

「ねぇ? 私は? いい男?」

「ふふふ。この私が選んだのよ? いい男に決まっているでしょ?」

 今度はブリジットがトリスタンに片目を閉じて見せた。

「あはは。そうですね。女王陛下」

 トリスタンが姿勢を正し臣下の礼を見せると、ブリジットは大きく伸びをした。

「ふふふ。さて!! やるわよ~~~」

 ブリジットは小さく笑ったのだった。



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