溺れる仔羊

NADIA 川上

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プロローグ

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 ―― 港の出入り口辺り。

 ”ようこそ出島へ”という、
 特大の立て看板をクレーン車で設置させている、
 でっぷり太った小柄な初老の男性・香月の近くを、
 クーラーボックス両手で抱え歩いてゆく、
 小麦色に焼けた素肌が健康的な主人公・桐沢 綱吉きりさわ つなよし


「―― こんにちわ、町長さん」

「おぉ、ツナくんか。バイトご苦労様」

「血圧の具合は如何ですか? 姉がそろそろ検診に
 来るようにって言ってました」

「あぁ、ありがとうね~。
 明日の午前中にでもお邪魔しますと
 伝えてくれんかね」

「はい、分かりました」

   
 綱吉の姉・桐沢 りんは、
 本土の町立病院に勤務する内科医だ。

 週に2日はこの島にある唯一の診療所へ
 出張診察に来る。


 ***  ***  ***


 沖合を行く、観光遊覧船 ”勝栄丸”

 乗員は数十名の観光客と、綱吉、
 そして、幼なじみでもある船長・香月 柾也こうずき まさや
 

 町長・香月の三男坊で姉・凛の同級生。



 4人の男女グループで東京から参加の大学生達が
 綱吉を手招く。


「すみませ~ん、バイトさん、
 シャッターきってもらえますぅ?」

「はーい、今伺います」


 とある鍾乳洞の出入り口近くの
 岩陰でエンジンを止め、
 柾也は錨を下ろした。

 それを合図にして、
 お客達へクーラーボックスの中から取り出した
 ソフトドリンクを配ってゆく綱吉。

 それが終わると、
 周囲の絶景を楽しむお客達の傍らで、
 綱吉と柾也はしばしの小休憩。


「―― あんさー、ツナ」

「んー?」

「……おめぇ、このシーズン終わったら
 東京さ出るって、マジか?」

「あぁ ―― もうっ。
 なんで田舎ってこうなんだろ……」

「秘密を秘密のままにしときたいなら、
 島一番のおしゃべりなんかに教えない事やな」

「アハハハ ―― 肝に銘じておきます」

「……で、東京さ出るって……」

「ん、ホントだよ。父さんと母さん今度はダメみたい。
 流石の母さんも今度ばかりは付き合い切れないって。
 で、問題は凛姉さんでねぇ……」

「なるほど、凛のブラコンはほぼ病気だもなぁ」

「それを言うなら父さんの浮気もだよ」

「アハハハ~~……それを言っちゃお終いよ」


 父の浮気が露呈したのはこれが3回目。
 しかも今度は ”隠し子”っておまけ付きだ。
 
 とうとう父は母から三行半を突きつけられ、
 タイミング良く東京への転勤辞令が下りたので
 上京までの時間は官舎で過ごすみたいだ。
 


*****  *****  *****



 夜――、
 姉婿の孝夫義兄さんが夜釣りに出かけるというので
 その船に便乗し、出島で暮らす祖父母の元へ
 足を運んだ。
  
 祖父も姉と同じで産科・小児科が専門の
 開業医だったが。
 2年前、完全に現役を退き今は、
 趣味の釣りと盆栽に1日のほとんどを費やす、
 悠々自適の余生を満喫している。


 中庭側の出入り口から入って、縁側へ腰を下ろすと、
 奥から祖母・京が出て来た。

 御年・88という高齢でも、
 歯は全て自前で揃っていて、
 足腰だってかくしゃくとしている、
 近所でも有名な元気印おばあだ。


「あらまぁ、いらっしゃい。晩ごはんはもう食べた?」

「うん。済ませてきた」

「―― おぉ、ツナか」


  と、やって来たのは、
  今釣り帰りの祖父・泰三(90)


「ちょうどいい。
 今夜はカタのいいカサゴが捕れたから、
 凛に持って行っておやり」

「オッケー」

「そう言えば、ツナちゃんはもうすぐ東京へ行って
 しまうのねぇ。寂しくなるわ……」

「おばあ……」

「これっ。止めんかい湿っぽいハナシは。……
 ま、確かに寂しくはなるが、都会で得た知識を
 何らかの形で地域の活性化に役立ててくれれば、
 ええんじゃ」

「うん。おじい・おばあ、俺がんばるよ」

「……で、凛とは、ハナシはついたんか?」

「んー……ついた、というか……
 はっきり言ってほとんどウヤムヤ。
 でも、あのお気楽親父を放置は出来んから」

「アハッハッハ~……それは言えとる」

「こっちにも長い休みとかには帰ってくるから、
 元気にしててね」
 
「あぁ……ありがとうよ」


 そうして、時間の流れと並行するよう、
 徐々に観光客の姿も減ってゆき、
 町は平常の静けさを取り戻して。

 島民達も閉鎖期間の日常へと帰っていく。
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