溺れる仔羊

NADIA 川上

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旅立ちの日に

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 玄関先へ停まっている軽トラの傍らで、
 タバコをふかしながら何かを待っている柾也。

 表通りに面した軒下の窓ガラスを、
 丁寧すぎるくらい丁寧に拭き掃除している凛。
 

 ―― と、綱吉がその後方・茶の間から顔を出し。


「じゃ、そろそろ出る、から」


 凛は、綱吉の声が聞こえなかった訳ではないが、
 無表情を崩さず返答もない。

 綱吉は後ろ髪を引かれる思いだが ――、
 「行ってきます」と、
 いつものように玄関へ向かう。


 しばらくして、
 ボストンバッグを手にした旅支度の綱吉が柾也の待つ
 玄関先へ出た。

 明日から始まる新学期に備え、
 綱吉だけひと足先に東京へ向かうのだ。



「―― 荷物はこれだけか? 忘れ物はねぇな?」

「うん。大丈夫」


 柾也が綱吉のバッグを軽トラの後部へ置くと、
 それぞれ2人はトラックの中へ乗り込んだ。

 柾也はシートベルトを締めながら、
 凛の方を目配せし。


「いいのかよ」

「……何もこれが、今生の別れじゃないんだよ」

「そりゃ、そうだけど……」

「さ、出して? 柾也さん」

「……ホントはこれ、空港に着いてから渡せって
 言われてたんやけど」


 そう言って柾也が差し出してきたのは、
 一通の封筒。


「……??」


 綱吉がとりあえず、その封筒を受け取って
 中身を見ると、現金で30万近く入っている。

 いくら旦那も医者だとは言っても、
 週・3大学病院勤務、残りは貧乏診療所務めでは、
 家計もそう楽じゃないハズ。

 加えて3人の食べ盛りな男児がいて、
 来年2月には新しい子供も生まれる。

 そんな中からの30万は物凄い大金だ。
  
 胸の奥を突かれたようなショックで、
 言葉もない綱吉。


「向こうで行き詰まったら
 何時でもココへ帰って来い、とさ」


 綱吉の大っきな瞳にじゅわぁぁっと涙が溢れる。


「もう ――っ、やだ、凛姉ってば。
 今日は絶対泣かへんて決めとったのに……」


 ゆっくり振り向き庭の方を見る ――。

 さっきまで無心に掃除をしていた凛。
 母・涼子も隣に立っていて。
 
 今は軒下に佇んで軽トラの中の綱吉を
 じっと見つめている。

 綱吉、泣き笑いの表情で声は涙で掠れ、
 2人に向かって言う。


「行ってきます、母さんお姉ちゃん」


 この距離からでは聞こえたハズはないのだが、
 2人はニッコリ微笑み頷いた。


「―― さ、今度こそ行こうか、柾也さん」

「あいよ」



*****  *****  *****



 そうしてやってきた石巻の高速バス乗り場では、
 いよいよ柾也との別れ ――、


「―― じゃ、これはボーディングパスな」

「ん……」

「で、こっちは、バスの中で食えや」


 駅弁とペットボトルのお茶を手渡す。

 綱吉は受け取るが、もうお別れだと、涙ウルウル。
 

「っっ、――んだよっ、今頃泣くなって」

「だって……今日のまさやさ、やけに、
 優しいんやもん……」

「なんだっソレ?? 俺は何時でも優しかったろ」

「……ありがと、ね……」

「……あ、あのさ、綱吉」

「ん?」


 涙をシャツの袖でごしごし拭った後、
 上目遣いで見返され
 柾也の心臓がドクン、と跳ねた。


「!!……さ、最後に、俺のわがまま、
 聞いてくれねぇーか」

「……なに?」

「……き……き……」

「???」


 柾也は”―― き”と、
 言ったあとが続けられず、
 心臓(胸に)に手をあて軽く深呼吸。


「柾也さん?」

「……キ ―― キ、ス、させてくれ」

「―― へ?」

「……やっぱ、ダメか」

「い、いや……だめってか、
 そんな事面と向かって言われた事ないし、
 見て分かる通り一応俺、男だよ? それにさ、
 柾也さんって三空ちゃんの事好きだったんと
 ちゃうの?」

「はぁーっ?? 何だよソレ。
 だいたいな、お前ら姉弟きょうだい、くっつきすぎ。
 仲良すぎなんだよっ。
 祭りとかでツーショのチャンスあっても、
 いっつも凛か三空が近くにおるから、
 何もでけんかったんやないかっ」

「……」

「俺は、お前が中学に上がった頃からお前の事が
 ずっと好きだった。でもお前、東京に行っちまうし、
 何年か経って里帰りしたっておそらく
 すっげぇアカ抜けちゃって、
 俺の事なんかにゃ目もくれんやろ」

「そ、そんな事は……」

「だからお前の事は今、この場ですっぱり諦める」


 そう言って、柾也は綱吉の頬へ両手を添えた。


「綱吉……」


 柾也の顔がゆっくり綱吉に近付いてゆく ――。

 桐沢 綱吉・16才 ―― 
 正真正銘、初めてのファーストキスは、
 こんな雑踏の中なのに、
 唇を割って滑り込んできた柾也の舌が
 ねっとり絡みつく
 とっても濃厚なものでした……。
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