7年目の本気

NADIA 川上

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第2章 東京編

ピンチを電話に救われる

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 佐渡ご推薦のフレンチレストランは、
 ホテルのような保養所の最上階にあった。


 佐渡は終始ご機嫌で、緊張して固まっていた
 和巴も佐渡の巧みな話術で打ち解け始めていた。

 保養所のロビーへ戻るなり、
 これからよろしくお願いしますと深々と
 頭を下げられた佐渡は、珍しいものを見たように、
 愉快そうに笑ってあっさりと、任せておけと答えた

 その自信に満ちた物言いは、安請け合いではないか
 と、疑わせるほどで、眉をハの字にしてじっと
 見つめたら、


「そんな顔するなよ……私は大体が嘘つきだが、
 たまには本当の事も言うさ」


 と言って、和巴の頭をくしゃりと撫でた。




 新たな後ろ盾を得られそうな好調な滑り出しに、
 久方ぶりに食が進んで、最後のデザートの三つめの
 ケーキを独りでほおばる和巴を、
 くっきりとした黒曜石の双眸が見つめている。 

 視線を感じてテーブルから顔を上げれば、
 目の前にあったのは思いがけず、とても優しい顔で
 和巴はどきまぎと瞬いた。


「な、な、なんですか?」

「いや……そこまで食いっぷりがいいと、
 奢り甲斐もあるよ」


 和巴は真っ赤になってフォークを置いたものの、
 すでにあとひと口が残るのみ。

 結局全部平らげた時に、タイミングよくコーヒーの
 お代わりまで出てきて、ものすごく幸せな気持ちで
 食事を終えた。


 ***  ***  ***


 エレベーターから降りてさっさと進んでいく
 佐渡の背中を見ながらひたすら早足でその
 少し後ろを歩く。

 夏休みには一般客へも開放するというが、
 今は季節外れで、廊下もシーンと静まり返って
 いる。  

 その廊下の突き当りでやっと足を止めた
 佐渡の背にどすんとぶつかった。


「わっ ―― あ、ごめんなさい」

「……さて、契約の確認だ」


 くるりと振り返った佐渡が、
 いきなり和巴のぽかんと半開きになった口を
 キスで塞いだ。

 人通りのない廊下で和巴に気づく余裕があれば、
 そこは客室の数も少ないエグゼクティブルームの
 並ぶフロアだと分かったはずだ。

 やがて離れた唇は、和巴が最も恐れていた言葉を
 耳元で囁いた。


「ここから先はキミの自由意志だ……来るか?」


 さっきまでは、あんなに優しく綻んでいた表情が、
 能面のように冷たく凄みを帯びる。

 その手に握られたカードキー。

 目の前に振りかざされ、全身が硬直する。

 その意味が分かるようになったのは、
 一体いつの事だったか……。

 カードキーと、何の感情も読み取れない佐渡の顔を
 交互に見比べ、和巴はしばし立ち竦んだ。
 
 だが、自分の意志と言われたって、今の和巴に、
 他にどんな選択肢があっただろう。

 思い切るように閉じた瞼の裏に、佐渡とは正反対の
 凪いだ瞳の持ち主が、一瞬よぎって消えた。

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