インシディアス

NADIA 川上

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きっかけは…… ②

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「おいらのことは詮索すんな」

「判った。何も訊かない……名前はジェイで、
 たった今住んでたアパートが火事で全焼したところ。
 泊まるあてもなけりゃ、金もない。それでいいか」

「まぁ、そんなとこかな」


  ジェイクはきつい表情をゆるめ、
  自分の腕から男の手を外す。


「で、あんたの名前は?」

「柊、慎之介(ひいらぎ しんのすけ)」


  (う、わぁ ―― 時代劇にでも出てきそうな
   名前……)


「ふ~ん、柊さん。で、あなたはどうして俺に
 かまうの?」


  柊は眉尻を下げた情けない表情になる。
  迷いながら答えた。


「あの火事で見かけて……気になって。
 もしあそこに住んでるんだったら困ってるんじゃ
 ないかって……」

「ふ~ん、じゃ、柊さんって、困ってる人なら誰にでも
 声かけるんだぁ」

「あ、べ、別にオレは他意がある訳じゃない、から……」


  そう言うと、柊は耳まで顔を真赤にして
  俯いてしまった。

  根はかなりの純情青年らしい。

  そんな柊をジェイクはじぃーっと見つめて
  意地悪く言う。


「ふふふ……柊さんって可愛い」


  そして『オッケー』と小さく呟き、柊の腕へ自分の
  腕を絡めた。


「ジェイ!」 

「もう当分の間、客は取らないつもりだったけど
 あんたで最後にする」

「??……」

「柊さんなら、俺のこと幾らで買ってくれる?」

「キ、キミはそういう……だったのか……?」

「あら、失望させちゃった?」 

「い、いや……なら、言い値で買おう。ただ現金は
 持ち歩かない主義でね。僕の家まで来る気はあるか」


  柊は挑むような目線を返してくる。


「見ず知らずの俺なんか家にあげていいのー?
 有り金かっさらって逃げるかも」

「そうなったら見る目がなかったと諦めて泣き寝入り
 するさ」

「あんた面白いね。気に入った」


  お買い上げ有難うございます、と、
  ジェイクはおどけてまた笑った。



  ふたりは駅から続く大通りを少し歩き、
  ショップや飲食店が軒を連ねる*番街を通過して、
  (シカゴ・L)レッドラインの昇降口を下りる。


「僕のアパートは*駅先なんだ」

「―― って、ゴールドコースト? すっげー、
 超金持ちなんだな」

「親の脛かじってるだけさ」


  今年は猛暑だったが、9月も終わりに近づくと
  急に涼しくなってきていた。

  半袖で歩いている人はちらほらで、
  ほとんどが長袖か上着を羽織っている。


  電車から降りてしばらく歩き家路に着く人々の中で
  ジェイクは急に立ち止まった。


「どうした?」


  細い路地の奥にぽっかりと穴を開けた
  場所があった。

  その穴は地下の店へ続く階段になっている。


  ─── そこが、クラブ ”コミットプレイス”。


  ジェイクは、店の前でオーナーと従業員が何やら
  話しているのを目に留めた。

  従業員はすぐに階段を下りて行ったが、
  オーナーはそのままそこで煙草に火を点ける。

  ジェイクに気付いたオーナーは、
  精悍な顔立ちにジェイクのよく知っている
  皮肉気な笑みを浮かべて、薄く煙を吐いた。 

  
「ちょっと待ってて」


  ジェイクは柊を残し、
  店の前で煙草を燻らせるオーナー ─── 
  神代 慧(かみしろ さとし)に近寄っていく。

  ジェイクが知る限り、いつも高価そうなスーツを
  着ていたがこの日もやはりブランド物らしい
  ダークスーツを着ている。

  普段着のチェックのシャツにジーンズという格好の
  ジェイクだったが臆することなどない。


「なに、ニヤついてんの」

「べつにぃ ─── アパート、火事にあったん
 だってな。今、田中が見に行ってきた」


  神代は煙を吐いた。


「また、俺ん家のゲストルーム貸してやろうか」


  前と変わってないぞ、と、神代はさらに
  ニヤニヤ笑う。

  ジェイクは顔をしかめてそっぽを向いた。


「家賃、払うのやだ。あんたしつこいんだもん」

「言うねぇ。どっか当てでもあるのか」


  ジェイクは柊に聞こえないように、
  当てンなるかどうか判んないけどね、
  と小さく答え、後ろを ─── 柊のいる通りを
  ちらっと見た。

  神代もつられて目を向ける。
  煙草の火が一瞬赤く灯った。


「ふーん。男前じゃないか? お前の客じゃないな」

「当然。あの人、外見はあんなだけどマトモだよ。
 商売っ気ゼロ」

「マジで足洗う気か?」

「さぁね」

「もったいないな。最後にやらせろ、タダで」

「ぜってーやだ」


  煙草の先から煙が白く流れ、
  ジェイクの鼻をくすぐる。


「何だかんだ言ったって、お前面食いだからな。
 篭絡(ろうらく)しちまうんじゃないの」

「そんなんやないって……もう行くよ」


  話しを切り上げて、ジェイクは柊の所へ戻った。


  柊は同じ場所でほとんど動かずに待っていた。

  ほんの少しだけれど ─── 
  ジェイクは柊が消えてしまうんじゃないか、と
  疑っていた。

  何となくほっとして、背の高い柊を見上げる。


「ごめん、行こう」 

「……いいのか?」

「なにが?」

「あの人」


  神代はまだ店の前で煙草を吸っている。

  ジェイクと柊を見ていた。

  ジェイクは軽く頭を横に振った。


「あぁ、アレはいいの。何でもない」


  柊は何か言いたそうだったが、黙って歩き出す。

  そのまま線路沿いの通りをしばらく進み、
  近道だというガード下をくぐり抜ける。

  そこは、普段のジェイクなら絶対に
  足を踏み入れる事のない高級住宅街。

  柊の暮らしているレジデンスはその一角にあった
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