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きっかけは……
しおりを挟むさっき俺を追い越して行った消防車が
道路に数台止まっている
その回りには野次馬の皆さんもゾロゾロと
集まって……
そして俺の目が釘付けになっているのは、
消防車のホースが向けられている先
「う、そ……」
消防車のホースの先からは大量の水が吹き出し、
それは俺のアパートめがけて勢いよく
かけられていた……
見慣れたアパートの2階の端の部屋からは
凄い勢いで炎が燃え上がり、
バキバキと音を立ててあっという間に
アパートの全室へと広がっていく
俺は少し離れたとこからその光景を
ただ見つめているしか出来ない
動きたくても足がすくんで一歩も
前に踏み出せないのだ
*** *** ***
炎と黒煙をジェイクはただ見つめていた。
ものが焼けるひどい臭いが充満している。
熱気を頬に感じた。
「おい、危ないぞ下がれ!」
誰かに怒鳴られ、腕をつかまれて野次馬に呑まれる
それでもジェイクは立ち尽くしたまま、
目を逸らさない……逸らせない。
せまいけれど案外快適だった部屋の
窓ガラスが割れ、炎が噴き出す。
消防車が来て消火活動を始める頃にはアパート中が
火の海になっていた。
周りの声がジェイクの耳に入る。
(……火元は、1階の空き店舗らしいよ)
(じゃ、放火?)
(ここの大家、がめついので有名だったからなぁ)
(ケガ人、とかはいるのかな?)
(でも半焼じゃなくて良かったよ……全焼なら保険、
全額下りるから)
(みんな逃げてケガした人いないらしいよ)
(不幸中の幸い、ってやつだな……)
細長い7階建てのアパートで、
ジェイクが暮らしていたのは2階の北側の
角部屋だった
火元の真上で、外から見る限り、
何もかも燃えてしまった。
炎が見えなくなっても、残り火を完全に消すため
消防車は放水を止めず、黒く焦げた建物は次に
水浸しになった。
燃え残ったものがあったとしても、
到底使い物にはならないだろう。
ジェイクは群集から離れ、ふらふらと歩き出した。
大通りに出ると花壇のレンガにしゃがみこむ。
何も考えられない。
何もかもが無くなってしまった。
寝床も、服もベッドも、少しあった金も。
あの部屋にあった物だけがジェイクの全てだった。
(……どうしよう、これから……)
うなだれるジェイクの目の前を野次馬が火事を
見ようと通り過ぎる。
(もう火は大方消えてるのにな)
他人事のように思うジェイクに、すっと影がかかる。
誰かが前に立ち止まったのだ。
「……あのアパートに住んでたのか?」
頭の上から男の声が降ってくる。
いきなり日本語で話しかけられ、
”なんだ、こいつ?”と訝しんだが、
どうでも良くなり、ロクに顔も見ず投げやりに
答えた。
「まぁね……火、消えたみたいだけど興味あるんなら
見てくれば」
「消えたのは知ってる。見てたから」
「……あんた、なに?」
ジェイクはやっと男を見上げた。
背が高かった。180センチ以上はある。
ガタイもかなりイイ。
ジェイクは155センチあるかないかなので
並んでは歩きたくない相手だった。
着ているのは量産品のスーツだが、
それが小憎らしいほどキマっているのだ。
見栄を張ってアルマーニを着たって、
七五三にしか見えない男だっているのに、
世の中はホントに不公平だと思った。
強面 ――― というのか、
全体的にごっつい顔立ちの男だった。
一重なのにわりと大きく見える目、薄い唇。
えらも頬も張っておらず、
その代わり鼻は高く通っていた。
眉が目尻に向かって上がっているのが
凛々しさを与えている。
ジェイクが最初に認識したのは
自分向きの”客ではない” という事だった。
(ふぅ~ん……まぁ、男前だな。
ごく普通のリーマン、には見えへんけど……)
何を思われているかも知らず、
男はジェイクの隣に座った。
「さっき、火事のところで腕つかんだの
覚えてないか?」
「……あぁ。下がれって」
「そう、それ」
「俺に何か用?」
ジェイクは男をじっと見つめる。
彼が微かに赤くなるのが判った。
自分の容貌が他人の目にはそれなりに見える事を
ジェイクは知っていた。
眉は自然にカーヴを描き、くっきりとした二重の大きな目を
長い睫毛が囲んでいる。
細い鼻筋、形のよい唇は少し赤い。
白く小さな顔にそれらがバランスよく収まっている。
肩にはつかない程度に伸ばして、
1度も染めた事のない艶やかな黒髪。
黒い細身のジーンズにノーブランドのTシャツ
という服装が返って彼の中性的な魅力を
際立たせていた。
「あ、そんなぞんざいな言い方はないか。
すげー煙で死ぬとこだった。ありがと」
「少しでも煙吸ったんなら医者行った方がいい」
「体は全然へーき。でも懐の方がな……」
近くの商業ビルの壁面にある大きなデジタル時計は
午前零時半を指していた。
ジェイクはジーンズの後ろポケットから財布を出して
中身を調べる。
かんばしくなく、眉根を寄せた。
「……やっぱ吉牛にでもすりゃよかったな……」
ぶつぶつ言いながら、財布をしまう。
「さぁて、どうすっかなぁ……」
「── 大家か仲介の不動産屋に相談してみたら
どうだい? こういう時の為に火災保険とか
入ってるはずだし、すぐに現金は入らなくても
泊まるところぐらいは提供してくれるだろう」
「へぇ、そっか、大家か……考えもしなかった」
ジェイクは感心したように男を見上げた。
肩をすくめる。
「けどそれ、あかんわ。おいら、居候やから」
「え ―― っ」
「あのアパートの持ち主は、ネットで知り合った奴
なんだ。そいつがなんかオトコの家で暮らすって
言うからさ、あの部屋に転がり込んだってワケ」
「で、今夜から宿なし?」
「あんたに関係ねぇだろっ」
とたんにジェイクは不機嫌な表情になる。
「んじゃ、おいら行くわ」
話しはもう終わった、と、ばかりにジェイクは
立ち上がり、すたすたと歩き出す。
男はあわてて後を追った。
「……泊まる所、ないんだろう」
「これから見つける」
「金もない」
「だからって何さ。何かあんたに迷惑でもかけた?」
「……あの、名前、教えてくれないか」
「今までの話しの流れでいきなり、ナンパか?
信じらんねぇ……」
「そう思われても構わない」
変な奴ぅ、とジェイクは笑う。
しかし答えた。
「ジェイク。友達とかは”ジェイ”って呼ぶ」
「ジェイ、ね……フルネームは?」
「じゃーな」
ジェイクは足早に歩き出す。
男は彼を引き止めようとその腕を掴んだ。
振り向いたジェイクは男を思い切りにらみつけた。
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