インシディアス

NADIA 川上

文字の大きさ
17 / 38

続き

しおりを挟む


  黒服の男・山下は、運転席に戻りエンジンをかけ、
  フロントミラーの中の柊をじっと見据えながら、
  車をゆっくり発進させた。


「……あのような事を公衆の往来でなさるのは、
 どうかと」

「あのような事って?」

「からかわないで下さい」

「キスは親愛の情を示す最も効果的な
 ボディーランゲージだよ」

「行きずりの相手に愛情が湧いたと
 おっしゃるんですか?」

「だったら何かマズい?? 」


  そう言ってジェイクは、
  それ以上の会話は拒否する意思表示で
  強張ったままの視線を車窓の外へ向けた。


 ============

「―― 慎さん……」

「ん? なんだ?」

「……あ、いや、何でもない」

 ============


  ―― あの時俺は、
  慎さんに一体何を言おうとしたんだろ?

  自身でも ”*番街の種馬” だの 
  ”シカゴいちのモテ男”だのって豪語するくらい
  だから、
  あっちのテクは噂に違わす物凄く良かったけど。

  噂で聞いた1度寝た相手とは2度ヤる事はない
  って風な、冷たい感じはちっとも見受けられ
  なかった。

  だから、彼 ―― 柊慎之介なら、
  この状況から俺を抜け出させてくれるかもと
  期待したのかも知れない。

  そんな可能性、
  万に一つだってありっこないのに……。


***  ***  ***


  山下運転の車は、いかつい門構えの邸宅の敷地内に
  入っていき、桜並木の木立を走り抜けて、
  その奥へそびえるように建っている
  邸宅の玄関前に横付けで停まった。


  この邸内には山下の他に数十人の黒服がおり、
  邸内外の警備や保守・保全に従事している。

  車から降り立ったジェイクは、
  山下の『旦那様はリビングでお待ちです』
  の声に従い、1階突き当りの角部屋へ向かった。


***  ***  ***


  リビングでジェイクを待っていたのは、
  当家の主治医・ベネット(Bennett) 

  ジェイクは彼の顔を見るなりあからさまに
  表情を強張らせた。


『今度は何の検査?』

『いえ、本日ジェイク様にわざわざお越し頂いた
 のはですね……』


  そう言ってベネットが切り出した言葉は
  ジェイクにとって今までで一番ショッキングな
  事柄だった……。



***  ***  ***



  パァァァ――ッ!!

  というクラクションと共に

  キキキキキィィ――っというブレーキ音。


  ジェイクがゆっくり振り返ると、
  目の前に1台のトラックが急停止した。


『バカ野郎っ!! 死にてぇのか?!』


  そう言い捨て再び走り去る。

  ジェイクはボーっと歩いていた。


===================


『―― 先日の検査結果のご報告をと思いまして』

『なに、親父にも言えないような結果が出た、とか?』


  ジェイクはほんの冗談のつもりで言ったのだが、
  それがあながち見当違いでもなかったらしく、
  ベネットは額に滲む冷や汗を何度も拭いつつ
  言葉を繋げた。


『失礼ですがジェイク様は外遊中、大きな病気で
 高熱が長く続いた事は御座いませんでしたか?』

『話しが見えないな。要点をはっきり言ってくれ』

『"無精子症"という病気をご存じですか?』

『無精子……症?』

『閉塞性と非閉塞性の2タイプに分けられ。
 閉塞性は、精巣内で精子は作られているものの精子の
 通り道が塞がっている状態。非閉塞性は、精巣内で
 精子が全くもしくはほとんど作られていない状態です』


  ジェイクはただ黙ってベネットを凝視する。


『実は……先日採取させて頂いたジェイク様の精液中に
 精子が見当たらなかったのです』

『……つまり?』

『幼少期のうちにも高熱などの症状で無精子症になる
 ケースは稀にあるんです。今1度間違いであっては
 いけませんので再度検査を受けて頂きたいのと、
 まずはご本人にご報告をと思いまして』

『……わかりました。父には俺から告げます。
 再検査の必要もありません。あんな事、
 2度とごめんだ。失礼します』

『ちょ ―― ジェイク様っ』


===================


  ジェイクは公園のベンチに崩れるように
  座り込んだ。


「―― 俺が、無精子症……」


  プッと吹き出す。


「どうりでいくら 親父が勧めるご令嬢と
 ”ゴムなしエッチ”しても子供が出来ないはずだ」


  【お前は男として"使えない男"だと言われた
   ようなもんだ】

  自分で自分が情けなくて、乾いた笑いが止まらない


「ジェイク様」


  声のする方を見ると国枝が駈けて来た。


「いきなり居なくなられて心配しましたよ。
 また、正親様と喧嘩でもなさったんですか?」

「も、喧嘩する気も起きなくなった」

「え?」

「俺は、種なしだってさ」

「あ、あの……」

「無精子症、って言うらしい。再検査しろって、
 ドクには言われたけど……」


  そう言ってジェイクは両手で顔を覆った。
  さっきまでの乾いた笑いが押し殺した嗚咽に
  変わる。

  (全く! ベネットの奴はまだ精神的に未成熟な
   子供に何て事をカムアウトするんだ?!)


「……やっぱ、やらなきゃだめなのかな。
 俺、もう……」


  国枝はジェイクの隣に腰掛けジェイクをそっと
  抱き締めた。


「しっかりして下さい。あなたは並大抵の事では
 動じない”不動の若獅子”だったハズ」

「……しばらくは、誰とも会いたくない……」

「承知致しました。では、久しぶりに日本へ帰り
 ますか」

「……ん、……よっちゃん」

「何ですか」

「……いっつも面倒ばっかりで、ごめんね」

「ふふふ ―― もう慣れました」


  日本へ帰国するまでの数日間はダウンタウンで
  鍼灸院を営む国枝の姉・美保の元に身を寄せ、
  *日後、ジェイクは予定通り日本へ旅立った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

僕と教授の秘密の遊び (終)

325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。 学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。 そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である… 婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。 卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。 そんな彼と教授とのとある午後の話。

処理中です...