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嵐の前の……
しおりを挟むその日、ジェイクは東京丸の内にある
”TSUMURA”東京支社へ、
珍しく自分から赴いていた。
理由は、社員さんの中で唯一の知り合いと言っても
いい吉原が、ジェイクが大学に入ってから学ぼうと
しているパッケージデザインの教本を譲ってくれる
というので、貰いに来たのだ。
吉原の属している ”業務開発課”はヨシュアが
いる ”事業本部”と同じフロアにあるので、
顔をあわせやしないか? ジェイクはヒヤヒヤ
しながら廊下を足早に進んでいたが、約束の教本を
受け取り・外に出て、廊下の中ほどまでは何事も
なかったので ”ヤレヤレ”と気を緩めたその時。
先にあるドアの開く音がしてジェイクは思わず
足を止めた。
咄嗟に柱の影に身を寄せる。
隠れる必要はないはずなのに、
その部屋から出てきたのが慎之介だけでなかった
から身体が勝手に反応した。
「それじゃあ、慎ちゃん。あの通りでお願いしますね」
「あぁ。了解した」
「これから面白い事になるな」
慎之介の側にいるには、
スレンダーな女性と父・都村正親の
”影のブレーン(頭脳)”と言われている幽霊役員
九条 翔馬だ。
「真弓も翔もあまりヤンチャするなよ」
「分かっています」
「程々にな」
執務室前で立ち止まって談笑する姿は仲睦まじい。
慎之介の表情も口調も砕けている。
ジェイクは動くこともできず、
息を潜めて僅かに聞こえてくる声をジッと
聞き入っていた。
「そういやさ、慎之介。最近、例の恋人を避けてるん
だって?」
翔馬の声にジェイクはドキリとする。
慎之介は顰めた眉を上げただけだ。
「あら。そうなのー? 可哀想に」
翔馬と真弓の言葉に慎之介がどう答えるのか、
ジェイクは息を呑んで待った。
そして慎之介の言葉に頭の中が真っ白になる。
「あいつは……いや。今はジェイクよりお前達の方が
必要だからな」
目眩がして、周囲の風景がぐにゃりと歪んだ。
「あ ――っ」
3人がこちらを歩いてくる。
エレベーターホールに向かうのだろう。
このままでは確実に見つかってしまう。
「ど、どうしよう……」
ジェイクは周囲を見回し、
見つけたトイレの中に素早く身を隠した。
個室に入っておけば、
万が一トイレに入ってきたとしても
見つかる心配はないだろう。
鍵を閉めたジェイクは息を深く吐いた。
「はは……っ」
髪をくしゃりと掴む。
理由など訊くまでもない。必要ない。
お前を必要としていない。だから切られた。
「俺は、バカだ……はは……っ」
悲しいはずなのに、どうして笑ってしまうのだろう。
「……くっ、くく……っ……」
壁に凭れて肩を揺らす。
そしてずるずるとその場に座り込んで、
ジェイクは両手で顔を覆った。
「……ぅ、っ……」
ボロボロと零れる涙は何度拭っても
零れ落ちてくる。
トイレの個室で独り声を殺して嗚咽を繰り返す
ジェイクは、慎之介達の会話を最後まで耳にしな
かった。
慎之介のホントの想いを知る事はなかった。
「―― 大切だから巻き込みたくなかったんだよなぁ?
それにしてもこの慎之介をここまで骨抜きにしちまう
坊やがいるなんてねぇ」
”この”を強調する翔馬も人の悪い笑みを浮かべて
いる。
からかう口調の2人に、
煙草を咥える慎之介が苦々しい笑みを浮かべた。
「彼には理由を言ったの?」
「いや」
真弓の問いに慎之介は短く答えた。
「そうよねぇ。ただでさえ実家を毛嫌いしているのに、
お家騒動なんて恥ずかしいものね」
「お前は違うだろうが」
慎之介が眉を上げて紫煙を吐く。
「近しい親戚だもの。同じようなものだわ。お父様の
ご乱交は一族として目に余ります」
「ホントだ。この会社が潰れちまわねぇうちに、
悪い芽は早めに摘んでおかねぇと。ったく、
あのくそ親父っ」
翔馬がパンと拳を鳴らす。
「それにしてもね。あれだけ荒れていた慎ちゃんが
やけに素直に来たな、と思ったら、彼の為だった
なんて」
ほぅと息を吐く真弓に翔馬も大きく頷く。
「散々悪事を働いてきた慎之介を自分の手中に収め
たかった親父は喜んだんだろうが思惑外だな。
この慎之介が素直に従うもんか」
翔馬がおかしそうに笑う。
慎之介は早くエレベーターが上がってこないか
階数表示に何度も視線を向ける。
「でもさ。恋人に理由を言えなかったのは、お家騒動が
恥ずかしいからじゃねぇだろ?」
翔馬が慎之介を見てニヤリと笑う。
「あら、そうなの?」
真弓が小首を傾げると、
ストレートヘアがさらさらと流れた。
「俺達がやろうとしてる事を親父が知ったら、
どんな手を使ってくるか分かんねぇもんな。
『支社長』って権力がある限りは、な」
「だからなのね。彼に被害が及ばないように
何も言わず……」
「もう黙れ。しゃべりすぎだ、翔も真弓も」
一瞥する慎之介に翔馬は懲りた様子もなく
肩を竦めた。
「お前も不器用な男だよ。可哀想な恋人にどうフォロー
すんのかねぇ。なぁ色男?」
ようやく到着したエレベーターに乗り込んだ
慎之介は、翔馬の問いに答える事はなかった。
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