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2 校了間近の修羅場

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『―― おはよう!』


 と、朝の挨拶も爽やかに颯爽と登場の羽柴に引きかえ、その部署の机に着いているスタッフは皆、ほとんど死体と化しているように見える。

 それに心なしかこの部署のシマにだけ、学校の運動部とかでもお馴染みの臭気が漂っているようだ。

 因みに全ての編集部は週刊誌も月刊誌も隔月刊誌も、この5階から6階フロアにあって、担当しているジャンル別にそれぞれシマが分けられている。

 羽柴が中央の机に着いたこのシマは、担当ジャンル:ボーイズ・ラブコミック。

 腐女子向けのBL漫画の月刊『カミングアウト』・『チェリーボーイ』編集部。

 このシマだけはやたらとパステルカラーや可愛らしいキャラクターグッズやアニメのイケメンキャラグッズで溢れている。

 けど……いくらBLマンガとはいえ編集が全体の90パーセント男性なんて、どうなんでしょう。

 外見で人を判断してはいけません、とは言うけど……あーんなヒゲ生やして
ピアス着けた柄の悪い大男が編集長なんて……。

 ホント大丈夫かなぁ この編集部……。  


 他の社員達から”腐男子倶楽部”と呼ばれるソコは、校了間近でメンバー全員鬼気迫る雰囲気が漂っています――、


「―― ゼンさん、また、中央印刷の鈴木さんからお電話です」


 一応 ”編集長”という肩書があっても、社内では決してそう呼ばせない。
 通称:ゼンさん゛羽柴 禅、50歳。
 

「俺は留守だ」

「もうっ、子供じゃないんだから ――」

「嵯峨野書房は潰れたと言えっ」

「んな無茶な……」

「オイ、巽っ。山倉大先生の原稿はまだか??」   

「あと、30ページだって言ってますが、この分だと明日まではかかるでしょうね」

「何呑気に構えてんだよっ! 先生に張り付いて、何が何でも今日中に原稿ぶん取ってこい。でなきゃお前、来月から無期限の減俸な」


 そう言われたメンバー・巽は”担当作家の遅筆で給料カットされちゃあ、
堪らん!”と慌てて編集部を後にした。 

 それと入れ違いに副編集長・吉村が出社。


「ちーっす」

「俺の駄々っ子はちゃんと現場へ行ったな?」

「おお、一応マネージャーの家までは送ったけどー。あのよー勇人、今夜の約束、何とかなんねぇかな」

「あー? 俺、何かお前と約束してたっけ?」

「ちげーよ。サーヤちゃんの誕生日プレゼントに2丁目行くってやつ」

「あぁー! アレねぇ……なに、お前、行くのやなの?」

「あ、いや、別に嫌って訳じゃねぇけど ――」


 すると、違うメンバーから『ゼンさぁん ――』と懇願めいた声があがり、
羽柴はお決まりのセリフ
 『俺は留守だ。会社は潰れたと言え』と言い捨てさっさとこの室を出て行ってしまった。


「あ、逃げるなよ、禅」


 こんな感じで、毎月校了間近の修羅場は『カミングアウト』と『チェリーボーイ』に連載中の全作品が無事印刷所へ送り届けられるまで延々と続くのでした……。




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