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43 ある意味青天の霹靂

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 それは数日前の懇親会で三上さんを平手打ちし、どんより落ち込んだままの私の心模様を現しているような重い雨空が立ち込めている日のこと……。
  
 いつもより少し早めに出勤し社屋脇手の通用口から中へ入って、1F玄関エントランスホールへ抜けたとき。

 何となく周囲にいた職員達の視線が自分へ集中しているように思えて、

 ”顔はちゃんと洗ってきたけどー?”

 などと心の中でぼやきつつ自分の属する部署のある*階フロアへ行けば、ここでも階下にいた人達と大差ない反応を示され、さすがの絢音もこれはおかしいぞ!と思い始め、廊下の反対方向から爆進して来た、同じ部署の先輩・岡に腕を引っ張られ連行された部署前の掲示板を見て、やっと皆のあの視線の意味が分かった。


 ”辞令 ――――
   
  下記の者、今月末日をもって出向を命ず。
  企画部 和泉絢音”


  それは、関連会社への出向辞令だった。


 ㈱オアシスエンタテインメント。


 ま、時期的には妥当だが、絢音にとっては予想外の人事異動命令だった。

 大抵の人なら1度くらいは耳にした事がある、というくらいメジャーな大手芸能プロダクション。

 確か、そこの親会社・オアシスグループとこの嵯峨野書房は、3~4年前に業務提携をしたばかりのはず。
 誰がどうゆう角度から考えてもあちらさんの方が遥かに格上の大企業だ。

 だから、ハタからみれば今回の人事異動はタナボタ級の栄転で、同期の友人達からも口を揃え、物凄く羨ましがられた。

 でも絢音は友人達のように手放しでは喜べず、今日まで自分が携わってきたセクションとは全く関連性のなさそうな異業種への出向辞令に一抹の不安を感じた。

 ひょっとして、自分も気付かないうちに何かとんでもないヘマでもやらかしちゃった?

 イヤ、それならこんな格上企業への異動はあり得ない。

 じゃあ、誰かお偉いさんのご機嫌損ねてしまった、とか?

 それもあんまりピンとこない。

 だって、絢音が日常一番接しているお偉いさんといえば、直属の上司である企画部課長の・・とチーフ・東である。
 因みに、この2人以下同部スタッフ達との人間関係は極めて良好だ。

 じゃあ ―― なんで、今?

 どーして、私なの??

 なんで? どーして? という、疑問符ばかりが頭の中で渦巻いて全く考えがまとまらない。

 とにかく、こうして正式に辞令が下だされてしまった以上、もう自分にはどう足掻く事も出来ないって事だ。

 一瞬、退職って言葉が脳裏をよぎったけど、・月の寒空の下路地裏でゴミ箱を漁っているホームレス同然のうらぶれた自分の姿がパッと思い浮かび、この不景気な世の中仕事があるってだけで幸せなんだと考え直して、絢音は業務の引き継ぎやら私物の整理の為に部署内の自分の席へと向かった。


 辞令が出て、社内に異動情報が告知された直後、絢音が所属する部署ではあちこちで驚愕の声があがる。

 が、一番驚いているのは絢音本人だった。

 絢音は他人事のように、直属の課長が人事部長に詰め寄るのを横目で確認した。


「なんですかっ、あの辞令!」


 部長がおたおたしながら興奮する課長をつれて廊下へ出ていくのを、部署の人間がチラチラと眺めている。

 自分のデスクでその様子を見ながら、絢音は小さく息を吐いた。

 課長は知らなかったらしい。

 それは何の解決にもならないが、救いといえば、救いだ。

 頼りないと感じたことは多々あるが、絢音は基本、あの課長のことが嫌いではなかった。

 だから、この突発人事に課長が絡んでないならこの先も嫌いにならないで済むと思った。

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