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64 居酒屋”ひまわり”

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「―― えっ。じゃあ、キヨって、和泉の元カレ?」
 
「う……~ん、こんな所でまた会うなんて、思っても見なかった」

 
 ここは仕事帰りに良くメンバー達が立ち寄る居酒屋”ひまわり”。
 
 
「けど、キヨとは別れて正解だよ。あいつの手癖の速さといったら天下一品だからな」     
 
 
 本当に史上最悪の男だった。
   
 ”来る者は拒まず、去る者は追わず”を地で行く学校いちの最低男。

 寮の部屋にはしょっちゅう誰かを連れ込んでるし。
 
 校則違反なんか日常茶飯事。
 
 最早、ペナルティーなんかこいつにとって何の意味もない。
 
 自宅謹慎、停学、なんのその。
 留年したらしたで ―― その学年でそれなりのスクールライフをエンジョイしちゃうようなお気楽な奴。
 
 
 私が奴と知り合ったのは忘れもしない、中学に入って初めての林間学校 ――

 オリエンテーリングで奴とペアを組んだ。 
 
 林間学校は”縦割り班”での行動が決まりだったのでオリエンテーリングだけじゃなく、現地に滞在中はいつも一緒。
 
 当時の私はまだキヨの本性を知らなかった。
 
 色々と親切に手取り足取り助けてくれて、”噂と違ってけっこう頼りになる先輩だなぁ”くらいに思ってた。
 
 でも、林間学校最終日、キヨは皆が寝静まった夜半過ぎ、
 私のベッドへしのび……
 
 ってここまで思い返した所で背中に物凄い悪寒を感じて言葉を切った。
 
 すると私の背後の方へ目を向けていためぐみが ――
 
 
「あららぁ~、噂をすれば何とやら」

「え?」    


 馴れ馴れしく私の肩口へ手を回しながら、隣へキヨが座った。
 
 
「やぁ、御機嫌よう諸君」


 ちっとも! ご機嫌良くないけど。

 めぐみはテーブルに自分の飲み代を置くと立ち上がった。
 
 
「俺はお邪魔のようだし、先に帰るね。じゃごゆっくり~」  
 
 
 出てゆくめぐみの後ろ姿に向かって心の中で毒ずく。

 
 ”この裏切り者ぉーーっ!!”
 

『ハーイ、淳ちゃん。俺、とりあえずビールね』


 ちょうど通りかかったウエイトレスを呼び止めキヨは早速ビールを注文。
 
 
『絢音、おかわりは?』

「だってよ」

『緑茶を』

「って、俺が来たからって切り替える事ねぇだろ。酒飲めよ。奢るから」
 
「結構です」


 ウェイトレスの淳は2人の飲み物の注文を復唱し『おつまみの注文が決まったら、またひと声かけてねー』と、厨房へ下がっていった。


「あーぁ、俺ってまだとことん絢音に嫌われてるワケねぇ……」 
 
「そのようですね」  


 こんな感じで取り付く島もなかった絢音だが。

 姿勢を正し、真顔になって、
 
 
「遅ればせながら、ご結婚おめでとうございます」

「マジ ”遅ればせ”だな」

「仕方ないでしょ。結婚式の招待状が届いた時はこっちも色々大変だったんです」
 
「ま、式には来なくて正解だったよ」

「?? あ、そう言えば、今ってまだ新婚ホヤホヤのハズなのに、それほど幸せそうじゃないですね」
 
「お、お前、きついことはっきり言うようになったな。何も聞いてねぇのか」
 
「何を、です?」

「……嫁さんには式の最中逃げられた」

「え ―― っ(絶句)」


 (幸せそうじゃなくて当然だ)
 
 
「ま、お互い親に強制されての挙式だったから、仕方なかったっちゃあ、仕方なかったんだが。俺もまさか式の真っ最中逃げられるとは思ってなかったんで。あの頃が一番荒れてた」
 
「そんな事があったんですか……全然知らなかった」

「お前の方こそ、かなりややこしい事になってたみたいじゃねぇか」
 
「うん……ま、いい充電期間にはなりましたけど」

「充電期間、ねぇ……」 

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