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新しい生活の中で
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新宿2丁目のビルを後にして。
再び走り出した車は、しばらくして周りが鬱蒼とした
森に囲まれた間道に入った。
「うわ、すげ ―― ジャングルみたい……」
ここが都内だとは思えないような場所である。
ついでにいうと、民家があるとも思えない。
けれども20分ほど走った時、
前方の視界が明るくなって、
やたらばかデカい屋敷が見えてきた。
それは純和風と中世の西洋風が混然一体化した、
おとぎ話でしか見られないような建物。
最早綱吉は、驚きの声すら上げられなかった。
男は自ら鍵を開けて中に入っていった。
真っ暗な内部に明かりが灯る。
「何をボケっとしてる?」
「あ? ―― あ、いや、何でもない」
(さっき自分で鍵開けたけど、こんなだだっ広い所に
1人で暮らしてたのかな……)
「さぁ、こちらへ」
そういわれて綱吉が上がった居間は洋室だった。
ソファーに座ったとたん綱吉は自分が疲れきって
いるのに気がついた。
「ほら」
と渡されたのは電話の子機である。
「電話しておけ」
そう言われて、何と言ったらいいのかわからない
まま、綱吉は実家の電話番号を押した。
相手が出るのを待ってる間、自分は手嶌に実家の事
などひと言も話してないのに、どうして手嶌は利守に
実家の住所を告げたのか疑問に感じた。
しばらくして通話に出たのは継母だった。
成瀬の葬儀後は実家で暮らすよう役所から
指示があったにも係らず、寄り付こうともしなかった
息子を彼女は彼女なりに心配していたのだ。
矢継ぎ早に質問してくる彼女にどう言ったら
わからないまま、受話器を手に綱吉は黙り込んだ。
それを見ていた手嶌が近づいてくると、その手から、
受話器を取り上げた。
『今どこにいるの? 迎えに行くわ』
継母の声が、受話器から漏れるのが綱吉の耳にも
聞こえた。
「もしもし、史香さん。手嶌です」
そこで綱吉は再び驚き、目を見張った。
(どうして、手嶌さんがあの人の名前を……)
手嶌は落ち着いた声でゆっくりと話し出した。
綱吉が精神的に不安定な様子で、
そちらに帰りたがっていない事を話し始めてすぐに、
どうやら父親に代わったらしく、手嶌は再び最初から
説明し始めた。
頬の傷の事は話さずに、自傷行為があった事を
それとなくにおわせながら、しばらく預かるから
心配しなくていいと、手嶌は父親に伝えた。
綱吉の方チラッと見ると、手嶌は、
再び子機を綱吉の目の前に差し出した。
「話したいそうだ。お前がわがままを言っているん
じゃないかと心配している」
綱吉は子機を受け取ると、渋々父親と話した。
心配なのだろうが、その気持ちを抑えて
冷静に話す父親には今は帰りたくない事を、
ちゃんと告げた。
『その代わり、毎日電話しなさい』
そう約束させられた。
***** ***** *****
夜、勧められるままにぬるめのシャワーで軽く体を流し、
用意してもらったパジャマに着替えた。
手嶌は自分で燗をつけた酒を飲んでいた。
食卓には簡単なおかずが用意されていて、
食べるようにと促された。
食欲はなかったが、少しだけ手を付けた。
温まったせいで傷が痛み出していた。
処方された薬を飲んだあと、
休むようにと布団を引いた客間に通された。
広い和室に不安げな綱吉を残して、
手嶌は部屋を出て行ってしまった。
枕元に小さな明かりが点っていた。
寂しい……ひどく寂しかった。
涙が零れそうになるのを綱吉は堪えていた。
いったん泣き出したら止まらなくなりそうだった。
庭先で蝉の鳴き声がするのを聞きながら、
綱吉は長い夜を眠れないでいた。
******
翌日の目覚めは最悪だった。顔全体が痛かった。
我慢できる限界を超えていた。
体は気怠く、起き上がる気にもなれずに
綱吉は布団の中で痛みに耐えていた。
痛みのせいで身体全体に汗をかいてパジャマが
じっとりと湿った。
軽くゆっくりと息を吐き出しても、
痛みが倍増するだけだった。
小さく呻き声を出している事に気づいた時、
手嶌が入ってきた。
「大丈夫か?」
そう聞かれて、覗き込まれた。
心配させたくなくて綱吉は頷いた。
だが、その顔色は心配ないとは言えないもの
だったらしい。
手嶌はどろどろの柔らかい粥を差し出した。
「ちょっとだけでも食べろ。それから薬だ」
ひと口ふた口しか食べられない綱吉には、
充分な水分と共に薬を飲ませた。
それから、
痛みが治まるまでずっと傍にいてくれた。
痛みは酷かったが、そのおかげで綱吉は
他の事を考えずに済んでいた。
考えなくてはならない事がたくさんあった。
けれども、この俗世から隔絶したような
空間にとどまっている限り、それを先延ばしに
していいような安堵感があった。
痛みが酷い時には、出来るだけ体を動かさず、
空気に触れないように、薄いガーゼで顔を覆ったまま
じっとしていた。
何日かは膿がひどく、
赤く腫れ上がった頬がべたついた。
それが乾燥し始めると、引き攣るようになった。
手嶌は何も言わずに、毎日薬を塗ってくれた。
寡黙な ―― というほど口数が少ないワケでは
ないが、必要最小限の事しか喋らない男だ。
体調が少しづつ落ち着いたころになって、
綱吉は初めて、手嶌自身に興味を持ち始めた。
時々食材の買い足しをしてくれる、
手嶌からは ”マオ”と呼ばれている浜尾利守に
ちらっと聞いたら。
簡単に説明するなら ”何でも屋”みたいな事を
してる、と言われた。
それとこの屋敷は手嶌が曽祖父から遺産相続した
物だと。
彼がかなりのお金持ちだという事は分かったが。
何度か医者に連れて行って貰って、
その代金を丸々立て替えてもらいっ放しに
なっているのが凄く気になっていた。
綱吉には言ってないが、今泉(綱吉の父親)へも
定期的に連絡を取っているようだ。
元々手嶌は父の大学時代の後輩で。
仕事上での付き合いもあると、後で知った。
毎日電話をかけるようにと言われた通り、
綱吉は毎日父親と話した。
その言葉の端々、自分の体への気遣いがあり。
口では生意気な事を言い返してしまっても、
本当は凄く嬉しかった。
継母の史香さんも異母弟の純弥へ手作りの惣菜や
デザートを持たせ、この家へ届けてくれる。
今になって自分はこんなにも家族に愛され・
大切にされてたと気が付いた。
再び走り出した車は、しばらくして周りが鬱蒼とした
森に囲まれた間道に入った。
「うわ、すげ ―― ジャングルみたい……」
ここが都内だとは思えないような場所である。
ついでにいうと、民家があるとも思えない。
けれども20分ほど走った時、
前方の視界が明るくなって、
やたらばかデカい屋敷が見えてきた。
それは純和風と中世の西洋風が混然一体化した、
おとぎ話でしか見られないような建物。
最早綱吉は、驚きの声すら上げられなかった。
男は自ら鍵を開けて中に入っていった。
真っ暗な内部に明かりが灯る。
「何をボケっとしてる?」
「あ? ―― あ、いや、何でもない」
(さっき自分で鍵開けたけど、こんなだだっ広い所に
1人で暮らしてたのかな……)
「さぁ、こちらへ」
そういわれて綱吉が上がった居間は洋室だった。
ソファーに座ったとたん綱吉は自分が疲れきって
いるのに気がついた。
「ほら」
と渡されたのは電話の子機である。
「電話しておけ」
そう言われて、何と言ったらいいのかわからない
まま、綱吉は実家の電話番号を押した。
相手が出るのを待ってる間、自分は手嶌に実家の事
などひと言も話してないのに、どうして手嶌は利守に
実家の住所を告げたのか疑問に感じた。
しばらくして通話に出たのは継母だった。
成瀬の葬儀後は実家で暮らすよう役所から
指示があったにも係らず、寄り付こうともしなかった
息子を彼女は彼女なりに心配していたのだ。
矢継ぎ早に質問してくる彼女にどう言ったら
わからないまま、受話器を手に綱吉は黙り込んだ。
それを見ていた手嶌が近づいてくると、その手から、
受話器を取り上げた。
『今どこにいるの? 迎えに行くわ』
継母の声が、受話器から漏れるのが綱吉の耳にも
聞こえた。
「もしもし、史香さん。手嶌です」
そこで綱吉は再び驚き、目を見張った。
(どうして、手嶌さんがあの人の名前を……)
手嶌は落ち着いた声でゆっくりと話し出した。
綱吉が精神的に不安定な様子で、
そちらに帰りたがっていない事を話し始めてすぐに、
どうやら父親に代わったらしく、手嶌は再び最初から
説明し始めた。
頬の傷の事は話さずに、自傷行為があった事を
それとなくにおわせながら、しばらく預かるから
心配しなくていいと、手嶌は父親に伝えた。
綱吉の方チラッと見ると、手嶌は、
再び子機を綱吉の目の前に差し出した。
「話したいそうだ。お前がわがままを言っているん
じゃないかと心配している」
綱吉は子機を受け取ると、渋々父親と話した。
心配なのだろうが、その気持ちを抑えて
冷静に話す父親には今は帰りたくない事を、
ちゃんと告げた。
『その代わり、毎日電話しなさい』
そう約束させられた。
***** ***** *****
夜、勧められるままにぬるめのシャワーで軽く体を流し、
用意してもらったパジャマに着替えた。
手嶌は自分で燗をつけた酒を飲んでいた。
食卓には簡単なおかずが用意されていて、
食べるようにと促された。
食欲はなかったが、少しだけ手を付けた。
温まったせいで傷が痛み出していた。
処方された薬を飲んだあと、
休むようにと布団を引いた客間に通された。
広い和室に不安げな綱吉を残して、
手嶌は部屋を出て行ってしまった。
枕元に小さな明かりが点っていた。
寂しい……ひどく寂しかった。
涙が零れそうになるのを綱吉は堪えていた。
いったん泣き出したら止まらなくなりそうだった。
庭先で蝉の鳴き声がするのを聞きながら、
綱吉は長い夜を眠れないでいた。
******
翌日の目覚めは最悪だった。顔全体が痛かった。
我慢できる限界を超えていた。
体は気怠く、起き上がる気にもなれずに
綱吉は布団の中で痛みに耐えていた。
痛みのせいで身体全体に汗をかいてパジャマが
じっとりと湿った。
軽くゆっくりと息を吐き出しても、
痛みが倍増するだけだった。
小さく呻き声を出している事に気づいた時、
手嶌が入ってきた。
「大丈夫か?」
そう聞かれて、覗き込まれた。
心配させたくなくて綱吉は頷いた。
だが、その顔色は心配ないとは言えないもの
だったらしい。
手嶌はどろどろの柔らかい粥を差し出した。
「ちょっとだけでも食べろ。それから薬だ」
ひと口ふた口しか食べられない綱吉には、
充分な水分と共に薬を飲ませた。
それから、
痛みが治まるまでずっと傍にいてくれた。
痛みは酷かったが、そのおかげで綱吉は
他の事を考えずに済んでいた。
考えなくてはならない事がたくさんあった。
けれども、この俗世から隔絶したような
空間にとどまっている限り、それを先延ばしに
していいような安堵感があった。
痛みが酷い時には、出来るだけ体を動かさず、
空気に触れないように、薄いガーゼで顔を覆ったまま
じっとしていた。
何日かは膿がひどく、
赤く腫れ上がった頬がべたついた。
それが乾燥し始めると、引き攣るようになった。
手嶌は何も言わずに、毎日薬を塗ってくれた。
寡黙な ―― というほど口数が少ないワケでは
ないが、必要最小限の事しか喋らない男だ。
体調が少しづつ落ち着いたころになって、
綱吉は初めて、手嶌自身に興味を持ち始めた。
時々食材の買い足しをしてくれる、
手嶌からは ”マオ”と呼ばれている浜尾利守に
ちらっと聞いたら。
簡単に説明するなら ”何でも屋”みたいな事を
してる、と言われた。
それとこの屋敷は手嶌が曽祖父から遺産相続した
物だと。
彼がかなりのお金持ちだという事は分かったが。
何度か医者に連れて行って貰って、
その代金を丸々立て替えてもらいっ放しに
なっているのが凄く気になっていた。
綱吉には言ってないが、今泉(綱吉の父親)へも
定期的に連絡を取っているようだ。
元々手嶌は父の大学時代の後輩で。
仕事上での付き合いもあると、後で知った。
毎日電話をかけるようにと言われた通り、
綱吉は毎日父親と話した。
その言葉の端々、自分の体への気遣いがあり。
口では生意気な事を言い返してしまっても、
本当は凄く嬉しかった。
継母の史香さんも異母弟の純弥へ手作りの惣菜や
デザートを持たせ、この家へ届けてくれる。
今になって自分はこんなにも家族に愛され・
大切にされてたと気が付いた。
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