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手嶌と珠姫
しおりを挟む目の前に仄かに湯気の立つ、
金属の取っ手つきのグラスが差し出される。
「―― さぁ、エッグノッグよ。
温かいうちにどうぞ」
優し気にカウンターの向こうからそう言ったのは
いつだったか新宿2丁目ビルで会った珠姫という
ニューハーフだった。
手嶌に連れてこられたのは、
洋酒ではなく、日本酒の種類も豊富な、
珠姫が営む庶民的な割烹だった。
「あんたはいつものでいいわね?」
このお店の主人らしいカウンター内の珠姫は、
相変わらず憮然と座る手嶌にぞんざいに言い放ち、
彼の返答を待たずにバックバーに並ぶ芋焼酎の
ボトルを手にした。
手嶌がこういった店の常連だとは意外だ。
綱吉は俯いたまま、
カウンターの下で握り締めていた手を上げ、
ミルクセーキの様な色をしたグラスを取り上げた。
ゆっくりと口に運ぶ。
見た目の通りに温かくてほんのり甘い、
本当に身体の暖まりそうな飲み物だった。
ブランデーだろうか、微かに酒の香りもする。
少しして手嶌の前に置かれたのは、
この店のオリジナルらしいカクテルだった。
彼はそれをひと口飲み、漸く口を開いた。
「少しは落ち着いたか?」
綱吉はこくりと小さく頷く。
震えは収まっていたが、正直いって
真っ直ぐ座っているのが精一杯だった。
「それを飲んだら送っていってやる」
綱吉は弱々しく首(頭)を振る。
「いい。ひとりで帰れる」
自分はなんと無様なのだろう。
手嶌は口調にも表情にも出さないが、
きっと呆れているに違いない。
これ以上、彼の手を煩わせるのは嫌だし。
無様な醜態を晒すのはもっと嫌だ。
だが、そう強がってはみせたものの、
半分程飲んだ所で急激に眠気に襲われ、
綱吉は気絶する様に意識を失ってしまった。
カウンターに突っ伏して寝入ってしまった綱吉に、
手嶌がやれやれと溜め息を洩らす。
それから手嶌は眉間に皺を寄せて珠姫を睨んだ。
「―― 珠姫、何か盛ったのか?」
「やだ、実の姉に向かって何て事を言うのよ。
人聞きの悪い事言わないでちょうだい。
あたしは何もしてないわよー」
珠姫は手嶌の次兄なのだ。
艶あでやかに紅を引いたおちょぼ口を尖らせる。
だが、目が笑っていた。
彼女は慈しむ様な眼差しで綱吉を見下ろし、
くっきりと描かれた細い眉を上げて横目で
手嶌を見る。
「安心したんじゃないの?」
冷やかす様な言葉を受けて、
手嶌は益々不機嫌そうに顔を顰める。
それでも、一旦席を立つと、
寝呆けた綱吉がスツールから落ちないように、
そっと抱き上げて後ろの座敷の席へ運んでくれた。
畳に横倒らせ、自分の上着を掛けて戻ってきた
手嶌は、カクテルのグラスを傾けながら煙草に
火を灯した。
「ねぇ、竜ちゃん。あんたが誰かをココに連れてくる
なんて珍しいじゃない」
先程までのからかうような笑みを引っ込め、
珠姫は言った。
すると、今度は手嶌が唇に薄く笑みを上らせた。
「あんな状態の可愛い教え子を連れて行ける所が
他に思いつかなかっただけだ」
伏し目がちに唇の片方を吊り上げる彼を、
珠姫はじっと凝視する。
「嘘おっしゃい。あの子の事、好きなんでしょ?」
「そんなんじゃない」
手嶌が軽く眼を伏せて、
カクテルの水面を見るともなしに見つめたまま
穏やかに否定すると、
何故だか珠姫は悲しそうな顔をした。
指先に挟んだ煙草がじりじりと巻紙を侵食していく。
「あんたがいつまでもそんな風だと、幸作だって
草葉の陰でおちおち休んでいられないわ」
手嶌は何も答えなかった。
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