溺愛! ダーリン

NADIA 川上

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失恋

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 目が覚めたらそこには、
 見憶えのある天井が広がっていた。

 しかし、ゆっくり首を巡らせて視界に入った
 室内の様相は自分がいつも見慣れてるソレとは
 かなり違っていて……。

 なら、ココは一体何処なのだろう?
 と何の気なしに反対側を見て綱吉は仰天した。

 自分の真横で手嶌が眠っていた。

 見覚えのある天井なのに、部屋の様相が違ったのは
 手嶌の自室だからだ。

 ベッドの大部分を自分に譲った為に、
 落ちてしまうのではないかと心配になる程に
 端っこの方で、自身の腕を枕にして、
 驚く程無防備な寝顔を曝していた。

 え ―― 嘘……どうしよ……。

 身じろぎひとつでもしたら手嶌が起きてしまう
 のではないかと、綱吉は布団の中で身体を
 強張らせる。

 心臓の音がうるさい。
 鎮まれ。
 そんなに鳴ったら手嶌が起きてしまう。

 大体どうして手嶌が此処にいるのだ。

 いや、違うだろ。

 可笑しいのは自分の方だ。
 どうして自分は手嶌の部屋にいて、
 その上、彼の真横で寝ているのだ??

 あわや犯罪者に?! という所で助けられて
 珠姫の店に連れて行かれ、
 何か甘いものを口にした所までは憶えている。

 それから先を全く憶えていない。

 高鳴る鼓動を持て余しながら、
 混乱した頭で必死に記憶を手繰り寄せてみても、
 憶えているのはそこまでだ。

 どうしよう。
 息を殺し、どうする事もできずに近すぎる
 手嶌の寝姿を見つめる。

 そう、度肝を抜かれたのは、
 その余りに無防備な寝顔だった。
 常にそこはかとなく漂っている憂いも、
 人を寄せ付けない独特の雰囲気も、
 今は何処にもなかった。

 どうしよう。どうしよう。

 何か見てはいけないものを見てしまったような
 後ろめたささえ憶えた。

 今直ぐココから逃げ出したい。

 でなければ消えたい。
 けれど、手嶌を起こさずにそれを成し遂げるのは
 至難の業だ。

 そんな事を際限無く考えていたら、
 あろう事か腹の虫が鳴いた。

 手嶌の睫毛がぴくりと震える。

 そして、緩やかに閉ざされていた瞼の奥から、
 虹彩まで見て取れる程色の薄い灰色の双眸が
 現れた。

 目が合った瞬間、心臓が跳ね上がり、
 思わず瞬きも息をするのも忘れた。

 一方の手嶌は寝起き特有の何処かぼんやりとした
 目を瞬かせる。


「……おはよう」


 こちらも寝起きの少し掠れた声が、
 薄く開いた唇から転がった。


「あ……え、と ―― おはよ」


 綱吉は鼻先まで布団を被りながら応える。
 手嶌は寝そべったまま、
 サイドボードの上にある置時計に手を伸ばし、
 顔の前まで持ってきてまた同じ場所に戻した。


「少し寝すぎたな。朝めしにしよう」


 彼は軽やかに身を起こす。
 やはり腹の音は聞こえてしまったのだと、
 綱吉は恥ずかしさに耳まで真っ赤になった。
 
 手嶌に続いて綱吉もおずおずとベッドを降りる。
 2人とも、昨日の着衣のままだった。
 至る所が皺くちゃだ。
 促されるままにダイニングの椅子に座り、
 オープンキッチンに立つ手嶌を上目遣いに盗み見る

 何だか意外な事ばかりだ。
 料理をする事はその最たるものだった。
 こんな事を言ったらきっと笑われるだろうが、
 彼も自分と同じように息をし、眠り、
 食事を摂るのだという当り前の事が、
 何だか酷く不思議な事のように思えた。

 彼に余りにも生活感がない所為かもしれない。


「あのぉ……俺さ、ゆうべ何かした?」


 綱吉は恐る恐る尋ねた。

 酒癖が悪いという自覚はないし、
 人から言われた事もない。

 そもそも昨夜は正体を失くす程しこたま飲んだ訳
 でもなかったが、何しろ何も憶えていない。

 粗相をやらかしていないとも限らない。


「別に何も」


 手嶌は言ったが、安心したのも束の間、
 言った後で彼は眼を細めるようにして
 意地の悪い笑みを浮かべた。


「自分の部屋に帰るのは嫌だと散々オレに絡んで
 挙げ句の果ては俺と一緒に寝るって駄々を捏ねて
 放さなかったくらいだ」


 彼はシャツの胸元を摘まんでみせる。

 何処もかしこも皺だらけだったが、
 見ればそこだけ不自然なくらいにくっきりと
 皺が寄っていた。


「……マジで?」


 綱吉は額を押さえて項垂れた。

 それが事実なら粗相も粗相、とんでもない粗相だ。
 穴があったら入りたいとはこの事。
 いっそそのまま生き埋めにして欲しい。

 最早、溜め息も出ない。
 力なく俯いていると、
 目の前に出来立てのスクランブルエッグ・
 カリカリベーコン・グリーンサラダの乗った皿と
 ミネストローネスープが差し出された。


「遠慮するな。1人分も2人分も大して変わらん」


 手嶌は先回りしてそう言い、綱吉は空腹に抗えず、
 皿に添えられたフォークを取り上げた。

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