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失恋 ②
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「……いただきます」
ホテルのコンチネンタルブレックファーストに
出てきそうなメニューは、どれも美味しかった。
朝食が済むと、温かい珈琲まで出てきた。
手嶌はブラックを啜りながら、食後の一服を楽しむ
「ねぇ、ところで……どうしてあんなとこにいたの?」
昨夜の一件の事だ。
自分があいつらに遭遇したのは全くの偶然だ。
それなのに、何故手嶌はあんなにタイミングよく
あの場に居合わせたのか。
手嶌は煙を吐き出しながら、軽く肩を竦め
重ねた食器を手に立ち上がった。
「お前があんまり怖い顔をしていたから、
引き止めて正解だったよ」
あぁ、やっぱり自分は人殺しの顔をしていたのだ。
憎悪と復讐に狂った殺人鬼の顔を。
「ひとつだけ忠告しておく。怒りに我を忘れて
後先考えず事を起こせば、必ずつまらないミスを犯す
破滅すると言ったのはそういう意味だ」
くちびるを噛み締めたままの顎にぎゅっと力
が入った。正論だっただけに、
彼の言葉は深く綱吉の心に突き刺さった。
自分の浅はかさが身に沁みた。
けれど、
どうしようもなく憎くて憎くて仕方なかったのだ。
後先など考えられないくらいに。
自分を弄んだあいつらが何事もなかったかの
ように笑って、のうのうと生きているのかと
思ったら、黙って見過ごす事などできなかった。
きっとあの感情は経験した者にしか判らない。
そんな卑屈な思いが思わず口を突いて出てしまった
「あんたには判らないよ、俺の気持ちなんか」
涼やかな手嶌の視線を頬に感じた。
綱吉は益々俯く。これではただの八つ当たりだ。
「そうだな。悪かった」
僅かな沈黙の後で、手嶌は静かに応えた。
はっとしたが、後の祭りだった。
注がれていた視線がすっと逸れていくのが判った。
相変わらずの鉄面皮は不愉快を微塵も表に
出さないけれど、気分を害したに違いない。
最低だ。
助けられたのに、その彼に八つ当たりするなんて。
自己嫌悪に打ちひしがれている綱吉をよそに、
手嶌はソファの背もたれに掛けてあったシャツを
取り上げ、皺だらけのシャツを着替えはじめた。
「お前も着替えるなら服くらい貸してやるぞ」
ボタンを外しながら彼が言う。
綱吉は力なく首を振った。
「大丈夫。汚れてる訳じゃないし」
どうせ部屋へ帰るだけだ。
上着を着てしまえばさほど目立ちもしないだろう。
そうか、と小さく呟き、手嶌はシャツを脱いだ。
目の前に惜しげもなく曝されたのは、
鍛え抜かれた肉体。
アルファらしい逞しい腕とがっしりとした肩幅、
しなやかな美しい筋肉に覆われた脇腹、
広い背中 ――
その背中に刺青があった。
アルファとオメガは番になると揃いの刺青を
彫る事がある。
発情期のオメガは項の辺りから一番強く芳香を
発する為、そこの汗腺を潰す事によって余分な
フェロモンの散布を抑えるのだ。
アルファの方はオメガに合わせて同じ場所に
彫る者もいるし、別の部位に彫る者もいる。
それはつまり、最愛の証。
一生を添い遂げようという誓いの刻印。
オメガは他のアルファを誘引する芳香を自ら封じ、
アルファもまた、
その印をもって他のオメガを遠ざける。
故に、常識的なアルファは項に刺青を持つ
オメガには手を出さない。
その証が、手嶌の背中にあった。
不意に眼を見開いて硬直し、
息を吸い込んだまま言葉を失った綱吉に、
手嶌はおや? と振り向いた。
そして、綱吉が何に驚愕しているのかを悟ると、
そっと眼を伏せた。
「……もう、かなり昔の話だ」
自身からは見えるはずのないそれを見下ろすように
首を傾ける手嶌は、何処か遠い目をしていた。
「別れて、しまったの……?」
答えるまでには随分と長い間があった。
「そう、遠い昔にね」
含みのある言い方だった。
覇気のない眼差しと、
笑い損ねて歪んだ唇が更に拍車を掛けていた。
あぁ、だからか、と思った。
初めて逢ったあの時から、ずっと彼に感じていた
そこはかとない寂寞の正体はこれだったのだ。
そして、未練があるのだという事も同時に理解した
消す事は幾らでもできるのに、
そうしなかったのがいい証拠。
続く言葉が見つからなくて、
俯いて黙り込んでしまった綱吉に、
手嶌はゆっくりと穏やかに、けれど決定的な言葉を
放った。
「俺はもう、誰も愛さない」
自らを戒めるような、
聞くに耐えない痛々しい声だった。
綱吉はずきりと、肉体の痛みかと錯覚する程の
激しい胸の痛みを憶えた。
思わず呻きそうだった。
「ごめん……俺、ちょっと出かけて来る」
綱吉は着の身着のまま、取るものも取らずに
逃げ出す様に部屋を飛び出した。
ホテルのコンチネンタルブレックファーストに
出てきそうなメニューは、どれも美味しかった。
朝食が済むと、温かい珈琲まで出てきた。
手嶌はブラックを啜りながら、食後の一服を楽しむ
「ねぇ、ところで……どうしてあんなとこにいたの?」
昨夜の一件の事だ。
自分があいつらに遭遇したのは全くの偶然だ。
それなのに、何故手嶌はあんなにタイミングよく
あの場に居合わせたのか。
手嶌は煙を吐き出しながら、軽く肩を竦め
重ねた食器を手に立ち上がった。
「お前があんまり怖い顔をしていたから、
引き止めて正解だったよ」
あぁ、やっぱり自分は人殺しの顔をしていたのだ。
憎悪と復讐に狂った殺人鬼の顔を。
「ひとつだけ忠告しておく。怒りに我を忘れて
後先考えず事を起こせば、必ずつまらないミスを犯す
破滅すると言ったのはそういう意味だ」
くちびるを噛み締めたままの顎にぎゅっと力
が入った。正論だっただけに、
彼の言葉は深く綱吉の心に突き刺さった。
自分の浅はかさが身に沁みた。
けれど、
どうしようもなく憎くて憎くて仕方なかったのだ。
後先など考えられないくらいに。
自分を弄んだあいつらが何事もなかったかの
ように笑って、のうのうと生きているのかと
思ったら、黙って見過ごす事などできなかった。
きっとあの感情は経験した者にしか判らない。
そんな卑屈な思いが思わず口を突いて出てしまった
「あんたには判らないよ、俺の気持ちなんか」
涼やかな手嶌の視線を頬に感じた。
綱吉は益々俯く。これではただの八つ当たりだ。
「そうだな。悪かった」
僅かな沈黙の後で、手嶌は静かに応えた。
はっとしたが、後の祭りだった。
注がれていた視線がすっと逸れていくのが判った。
相変わらずの鉄面皮は不愉快を微塵も表に
出さないけれど、気分を害したに違いない。
最低だ。
助けられたのに、その彼に八つ当たりするなんて。
自己嫌悪に打ちひしがれている綱吉をよそに、
手嶌はソファの背もたれに掛けてあったシャツを
取り上げ、皺だらけのシャツを着替えはじめた。
「お前も着替えるなら服くらい貸してやるぞ」
ボタンを外しながら彼が言う。
綱吉は力なく首を振った。
「大丈夫。汚れてる訳じゃないし」
どうせ部屋へ帰るだけだ。
上着を着てしまえばさほど目立ちもしないだろう。
そうか、と小さく呟き、手嶌はシャツを脱いだ。
目の前に惜しげもなく曝されたのは、
鍛え抜かれた肉体。
アルファらしい逞しい腕とがっしりとした肩幅、
しなやかな美しい筋肉に覆われた脇腹、
広い背中 ――
その背中に刺青があった。
アルファとオメガは番になると揃いの刺青を
彫る事がある。
発情期のオメガは項の辺りから一番強く芳香を
発する為、そこの汗腺を潰す事によって余分な
フェロモンの散布を抑えるのだ。
アルファの方はオメガに合わせて同じ場所に
彫る者もいるし、別の部位に彫る者もいる。
それはつまり、最愛の証。
一生を添い遂げようという誓いの刻印。
オメガは他のアルファを誘引する芳香を自ら封じ、
アルファもまた、
その印をもって他のオメガを遠ざける。
故に、常識的なアルファは項に刺青を持つ
オメガには手を出さない。
その証が、手嶌の背中にあった。
不意に眼を見開いて硬直し、
息を吸い込んだまま言葉を失った綱吉に、
手嶌はおや? と振り向いた。
そして、綱吉が何に驚愕しているのかを悟ると、
そっと眼を伏せた。
「……もう、かなり昔の話だ」
自身からは見えるはずのないそれを見下ろすように
首を傾ける手嶌は、何処か遠い目をしていた。
「別れて、しまったの……?」
答えるまでには随分と長い間があった。
「そう、遠い昔にね」
含みのある言い方だった。
覇気のない眼差しと、
笑い損ねて歪んだ唇が更に拍車を掛けていた。
あぁ、だからか、と思った。
初めて逢ったあの時から、ずっと彼に感じていた
そこはかとない寂寞の正体はこれだったのだ。
そして、未練があるのだという事も同時に理解した
消す事は幾らでもできるのに、
そうしなかったのがいい証拠。
続く言葉が見つからなくて、
俯いて黙り込んでしまった綱吉に、
手嶌はゆっくりと穏やかに、けれど決定的な言葉を
放った。
「俺はもう、誰も愛さない」
自らを戒めるような、
聞くに耐えない痛々しい声だった。
綱吉はずきりと、肉体の痛みかと錯覚する程の
激しい胸の痛みを憶えた。
思わず呻きそうだった。
「ごめん……俺、ちょっと出かけて来る」
綱吉は着の身着のまま、取るものも取らずに
逃げ出す様に部屋を飛び出した。
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