アンフェア

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  柊二は忙しい身ではあったが次の日は強制的に
  休みを取って実桜と過ごす事にし。
  昨日のうだる蒸し暑さとはうって変わって
  爽やかな日差しが差し込むリビングで実桜と
  2人過ごした。

  学校にすらまともに通っていなかった為か、
  拙い喋り方で時々どもる事もある実桜ではあったが
  柊二はそんな事さえ楽しそうに、実桜との時間を
  過ごしていた。
  今までの自分からすると考えられない事だ、
  穏やかな時間がこんなにも幸せなものだと
  初めて気が付いた、いや実桜に出逢わなければ
  真の幸せの意味すら分からなかっただろう。

  殺伐とした人生の中で見つけた光は
  柊二を優しく包み込み、そして温かさを
  与えてくれた。


「失礼します、社長、日向先生がお見えです」

「あぁ、そうか、じーさん今日も来るって言ってたな。
 通せ」


  実桜は相変わらず、甘えるように柊二へくっつき、
  片時も離れようとしない。
  優しい柊二が嬉しくて、仕方がないといった様子だ

  本当の両親と暮らしてきた記憶の少ない実桜は、
  今思えば養父母にも抱きしめられた事など
  1度もなかったと気が付き、少し寂しくなった……


「調子はどうじゃ? お嬢さん」

「え?」


  実桜がぼーっとしていると、
  いつの間にかリビングに入ってきた日向医師が
  実桜に近づきその頭を優しく撫でた。
  一瞬ビクリと実桜の躰が強張る。


「大丈夫だ実桜、この人はお医者さんで、
 実桜の体の痛いところを治してくれる人だ」


  柊二は怯えた実桜を見つめ優しく囁く。


「ほぉ……」


  それを見て驚いたのは日向医師だ、
  柊二のあまりの豹変ぶりに目を見開く。
  昔から柊二の荒くれぶりを良く知る日向は
  実桜が柊二にとってどんな存在になるのかを
  考えると、嬉しさに思わず顔が綻ぶ。


「さて、お嬢さん。痛いところを少し見せてもらうよ」


  早速、実桜の診察を始める、車にぶつけた個所は
  大きく痣になっていたが特に問題はなく
  湿布を張り替えると次は、実桜の躰に散らばる
  傷を診察する、難しい顔をしながらも真新しい傷に
  薬を塗り終え診察は終了した。


「さぁ、これで終わりじゃ。偉かったのう」

「あ ―― ありがとう、先生」


  実桜は、にっこりと日向医師を見上げて微笑む。
  稚いその表情は無邪気以外の何者でもなく、
  笑顔を向けられたものは目が釘付けになるほどだ。
  元々の顔立ちに加え穢れを一切知らない実桜は
  とても愛らしく可愛い。
  柊二はますます愛しさを募らせる。


「おい、柊二、まさかとは思うが、
 この子に手を出してないだろうな?」


  ギロリと日向医師が睨む。


「ん ―― んン……今回は、な」

「あー? 何じゃ、その意味不明な答えは」

「だから……彼女とは今回の事で会う前にエリア7で
 知り合って、その……」

「その ―― 何じゃ? はっきりせんか!」

「その時最後までがっつり喰らった」

「はぁ~……ったく、お主という奴は……」

「あ、そうだ。八木からも聞いたと思うが、彼女、
 記憶が所々欠落してるようなんだ。だから、
 以前、俺と会った事もまるで覚えちゃいなかった」

「OK。週明けすぐ大学病院で精密検査させよう」


  日向医師も驚くほど実桜は幼く見えた、
  それは今までの生活の凄惨さを表しているようで
  苦いものを飲み込んだ様な嫌な気分になる。


「いずれにせよ、その子が可愛いなら大事にするん
 じゃぞ」

「もちろんだ」


  短い返事ではあったが、
  力のこもったその答えに日向医師は頷き
  満足すると、実桜を見てにっこり笑い、
  頭をひと撫でして帰って行った。

  実桜は疲れたのだろう暫くすると、
  柊二の胸に寄りかかるように目を閉じ
  小さな寝息をたてはじめた、
  余りにも無防備なその姿に苦笑いを零しながらも
  柊二はそっと実桜を抱き上げベッドへと運ぶ。


「みお……」


  横たえた実桜にそっと布団をかけ見下ろすと、
  あどけないその表情が柊二の欲を呼び起こす、
  何も知らないであろう、
  しかも怪我をしている実桜に己の欲望を
  ぶつける事など出来るはずもなく、せめてもと
  唇にそっと柊二は唇を重ねその柔らかい感触を
  味わった。
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