煙草と雨音

ドルドレオン

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僕は言葉を返せなかった。喉の奥に何かが詰まっているような感覚があって、それを無理に取り出そうとすると、今あるこの一瞬が壊れてしまうような気がした。

「……うん、まだ吸ってるよ」と、ようやく言った。

電話の向こうで、小さく笑う気配があった。雨音と混ざって、それはどこか懐かしい音楽のようにも聞こえた。

「やっぱりね。あなた、そう簡単にはやめられないと思ってた」

僕は黙って窓の外を見た。街路樹の葉が雨に濡れて、街灯の光を吸い込むように揺れている。

「今どこにいるんだ?」僕は聞いた。

少しの沈黙があって、彼女は答えた。

「新潟。今は海のそばの、小さな旅館で働いてる。フロントの仕事。悪くないよ。お年寄りばかりだけど、ちゃんと朝にはコーヒーが出るし、夜は波の音が聞こえる」

「海か……」

「そう。ねえ、そっちは雨?」

「降ってる。さっきからずっと」

「そっか、そっちはまだ夏の疲れが残ってるのね」

僕はもう一本煙草を取り出し、火をつけた。煙が喉を通って肺に沈む。彼女がここにいた頃と、なんにも変わっていない。

「……どうして、突然電話なんかしてきたんだ?」

「夢に出てきたの。あなたが。あの部屋で、煙草ばかり吸って、やつれた顔してさ。なんだか見てられなくて」

「現実もそんなもんだよ」

電話の向こうで、少しだけ息をのむような音がした。

「会いに来たら、迷惑かな」

「わからない。たぶん、もう僕じゃない誰かになってるかもしれない」

「うん、でも、たぶんその誰かにも、ちゃんと煙草の匂いが染みついてるんでしょ」

僕は苦笑して、窓を開けた。冷たい雨の空気が部屋に流れ込んできて、カーテンが静かに踊った。

「新潟って、今、寒いか?」

「夜はね。でも悪くない。あなたも来れば?」

「突然いなくなった人間に、誘われたからって、すぐ行けるほど僕は器用じゃないよ」

「知ってる。でも、もしかしたら——まだ間に合うんじゃないかって、そう思ったの」

僕は答えずに煙を吐いた。灰皿にはいつの間にか、細い灰がいくつも重なっていた。
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