夜の記録

９

主人公は、彼女と再び会うことになった。約束の場所に到着すると、彼女はすでにそこに立っていた。曇り空の下、顔色が悪く、どこか疲れきっているように見えた。目の下には薄く陰りがあり、かつての輝きが薄れているのがわかった。彼女は少し驚いた表情を浮かべ、そして静かに微笑んだが、それはどこか空虚な微笑みだった。

「久しぶりだね。」主人公は声をかけながら、少し照れくさく足を踏み入れる。彼女は小さく頷き、軽く手を振った。

二人は静かなカフェに入る。外の風景がぼんやりとした灰色のカーテンの向こうに見え、店内は静謐で、時間がまるで止まったように感じられる。彼女は注文を取りに来た店員に目もくれず、ただ黙って座っている。

「どうしたんだ？」主人公は言葉を選びながら尋ねた。彼女は数秒間無言で目を閉じ、深い息をついてから答えた。

「分からない。」彼女は小さな声で言った。「何もかもが、どうでもよくなったの。」

主人公は黙って彼女を見つめた。無理に答えを引き出そうとすることはしなかった。ただ、彼女が話すのを待つことにした。彼女は目を伏せ、そしてゆっくりと言葉を紡いだ。

「あなたを裏切ったことを、ずっと後悔してる。」彼女は静かに言った。「でも、どうしてあんなことをしてしまったのか、自分でもわからない。人生に疲れたというか、何かに押しつぶされそうで、でもどうしていいか分からなくて。」

主人公は少しだけ顔をしかめた。彼女の言葉に重さを感じたからだ。そして、それでも尋ねた。

「どうして裏切るようなことをしたんだ？」その問いは、まるで重い石を投げ込んだように空気を震わせた。彼女は顔を上げ、主人公を見つめたが、その目にはもうあの強さはなかった。ただ、無防備で、少し泣きそうな目がそこにあった。

「わからない。でも、あの時はそれが唯一の救いだと思ったの。自分を取り戻すための、唯一の方法だと信じていた。」彼女は震える声で続けた。「でも、今はただ、すべてが虚しいと感じる。あなたを傷つけてしまったことも、どうしようもなく後悔してる。」

主人公は無言で彼女の言葉を受け止めた。時間が少し静まり返り、カフェの窓の外で小さな雨粒が静かに降り始めた。彼女の顔を見つめながら、主人公は心の中で何度も自問していた。彼女は本当に後悔しているのか、それともただ、傷つけた自分を慰めてほしいだけなのか。

彼は息を吐いてから、静かに言った。

「裏切られたことを許すことは、簡単なことじゃない。だけど、あなたがこんなに苦しんでいるのを見て、少しだけわかった気がする。人は、ただ逃げてしまうこともあるんだ。」

彼女は驚いた顔をして彼を見つめた。

「それでも、あんなふうに自分を見失うなんて、許せない。」主人公は少し冷たく言ったが、心の奥底では、彼女が本当に傷ついているのだと理解していた。

静かな時間が流れる中、彼女はゆっくりと目を伏せ、手のひらをテーブルの上にそっと置いた。

「私は、ずっと自分が壊れていくのを感じていた。私を形作っていたものが、少しずつ崩れていった。それを受け入れることができなかった。」彼女の声は、すでに涙が絡んでいた。

主人公は、彼女の手をそっと握った。その手はかすかに震えていて、彼女の弱さが伝わってきた。彼女はその温もりに少しだけ安心したようで、深く息を吸い、涙をこらえながら小さく微笑んだ。

「私、まだやり直せるかな？」彼女はしずかな声で言った。

主人公はその問いに答えることができなかった。ただ、静かに彼女の手を握りしめ、何かを感じながらその時間が過ぎていくのを待った。