三時の雨

ドルドレオン

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『午後三時の静かな穴』——つづき

その夜、彼女は僕の部屋にレコードを2枚並べた。
左下に黒い点、右上に黒い点。まるで不完全な星座のようだった。

「これ、順番があるのかもしれない」
彼女はそう言って、ジャケットの点の位置を見比べていた。

「もし10枚あるなら……10個の座標、10の記憶、10の入口」
「でも、どこに続いてる?」
「まだ、わからない。でも“誰か”が知ってる。そんな気がする」

その“誰か”を探すために、僕たちは翌日、古いレコードを専門に扱うという小さな店を訪ねた。
ネットにも載っていないその店は、目黒の裏路地にあり、表には看板すらなかった。
店内にはジャズとノイズと埃の匂いが混ざった空気が充満していた。

その奥にいたのが、無音のコレクターだった。
男は70代くらいに見えた。長い白髪、黒のセーター。店内のBGMは流れていなかった。ただ、空気が“音を飲み込むような静けさ”をまとっていた。

彼女が2枚のレコードを見せると、男は驚いた様子も見せず、ただ静かにうなずいた。

「そのレコードは、“音ではなく喪失を記録したもの”だよ」
「喪失……?」
「うん。Vacuum Projectは、記憶を記録する試みだったが、実際に記録されたのは“失われた記憶”だった。人は忘れたものを自覚できない。でも、それが確かに存在したことだけは、時々こうして現れるんだ」

「なぜ?」と僕が訊いた。
「なぜ戻ってくる?」

「君たちが呼び戻しているからさ。君たちの内側で、喪失が蠢いている。誰かを忘れてしまったこと、あるだろう?」

彼の言葉に、彼女がふと表情を曇らせた。

「私……夢の中で、何度も誰かを待ってるの。でも、その“誰か”が誰なのか、どうしても思い出せない。目を覚ますと、名前も顔も全部消えてる。何度も、何度も」

コレクターは静かにうなずいた。

「Vacuumの残りのレコードは、記憶の深い層に隠されている。物理的な場所にあるとは限らない。たとえば“図書館の夜”とか、“誰かの夢の裏側”とか、そんな場所にね」

「それって……つまり、現実の外側ってことですか?」と僕が訊いた。
「違う、現実の“縫い目”だよ。見えないけれど、確かにそこにある場所だ」

コレクターは、背後の棚から小さな紙箱を取り出した。中には、レコードの破片がいくつか入っていた。黒い、カーブした欠片。まるで割れた思い出のかけら。

「これはね、7枚目の一部だ。割れてしまったんだ。でも、この破片から、場所を特定できるかもしれない」

彼女がその破片を手に取ると、どこか遠くで、またあの“心の中の波音”が聞こえた。

「次に行くべき場所は、**“夜の図書館”**だ」
コレクターはそう告げた。

「その図書館は、日中には存在しない。ただ、特定の午後三時に、特定のレコードを持った者の前にだけ開く」
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