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午後三時の静かな穴』
第九章:“私”の声
Vacuum No.9のレコードは、想像していたものとまったく違っていた。
それは、透明なレコードだった。
針を落としても、音はすぐには始まらなかった。
まるで、記録されている内容が「再生されることを拒んでいる」かのような沈黙。
でも、確かにそこには何かが刻まれていた。
彼女がそれに触れたとき、部屋の空気が変わった。
針が、ゆっくりと内側へ進む。
そして――彼女の声が流れた。
「……これを聴いているあなたは、もう私じゃない」
「私という輪郭が、誰かの記憶の中で削られていくたび、私は“私”ではなくなっていった」
「でもそれでよかった。そう思っていた。
だって私は、誰かの記憶に寄り添うことでしか存在できなかったから」
「でも……本当はずっと怖かった。
思い出されるたびに、私は少しずつ“その人”になっていった。
自分の本当の声が、何だったのか分からなくなるのが怖かった」
「だから、これを残す。
この声だけは、私自身の声として、私の意志として、ここに置いていく」
「もしこれを聴いて、あなたが私を“思い出して”くれたなら。
そのとき私は、誰かの記憶の影ではなく、“一人の人間”として存在できるのかもしれない」
彼女は、再生が終わってもしばらく動かなかった。
その声は明らかに、彼女自身の声だった。
でも、どこか知らない誰かの声にも聞こえた。
「これ……私が残したものなのに、自分の声なのに、懐かしいの。
でも、誰かが話してるようにも感じる」
僕は答えられなかった。
もしかすると、彼女はこの記録を残したときすでに、
“誰かを内側に宿していた”のかもしれない。
Vacuum Projectが作ったのは、ただの記録装置じゃなかった。
人の記憶と存在を、分離と融合によって再構築するシステムだった。
彼女は、複数の“記憶された存在”を内包しながら、自分という存在を保とうとしていた。
彼女の選択
「ねえ」
彼女が僕の手を取った。あたたかくて、少し震えていた。
「私、全部のレコードを揃えたら、どうなるのかな?」
「元に戻る……んじゃないかな」
「でも“元”って、どこ?」
僕は言葉に詰まった。
たしかに彼女には“本来の形”がもう存在しないのかもしれなかった。
「私が思う“私”って、今の私なの。
でも今の私は、あなたの記憶でできてる。
それでも、あなたに“私”として覚えてもらえたら、
私は“誰か”として生まれていいのかな?」
彼女は涙を流していなかった。
ただ、とても静かに、確かに“生きようとしている目”をしていた。
第九章:“私”の声
Vacuum No.9のレコードは、想像していたものとまったく違っていた。
それは、透明なレコードだった。
針を落としても、音はすぐには始まらなかった。
まるで、記録されている内容が「再生されることを拒んでいる」かのような沈黙。
でも、確かにそこには何かが刻まれていた。
彼女がそれに触れたとき、部屋の空気が変わった。
針が、ゆっくりと内側へ進む。
そして――彼女の声が流れた。
「……これを聴いているあなたは、もう私じゃない」
「私という輪郭が、誰かの記憶の中で削られていくたび、私は“私”ではなくなっていった」
「でもそれでよかった。そう思っていた。
だって私は、誰かの記憶に寄り添うことでしか存在できなかったから」
「でも……本当はずっと怖かった。
思い出されるたびに、私は少しずつ“その人”になっていった。
自分の本当の声が、何だったのか分からなくなるのが怖かった」
「だから、これを残す。
この声だけは、私自身の声として、私の意志として、ここに置いていく」
「もしこれを聴いて、あなたが私を“思い出して”くれたなら。
そのとき私は、誰かの記憶の影ではなく、“一人の人間”として存在できるのかもしれない」
彼女は、再生が終わってもしばらく動かなかった。
その声は明らかに、彼女自身の声だった。
でも、どこか知らない誰かの声にも聞こえた。
「これ……私が残したものなのに、自分の声なのに、懐かしいの。
でも、誰かが話してるようにも感じる」
僕は答えられなかった。
もしかすると、彼女はこの記録を残したときすでに、
“誰かを内側に宿していた”のかもしれない。
Vacuum Projectが作ったのは、ただの記録装置じゃなかった。
人の記憶と存在を、分離と融合によって再構築するシステムだった。
彼女は、複数の“記憶された存在”を内包しながら、自分という存在を保とうとしていた。
彼女の選択
「ねえ」
彼女が僕の手を取った。あたたかくて、少し震えていた。
「私、全部のレコードを揃えたら、どうなるのかな?」
「元に戻る……んじゃないかな」
「でも“元”って、どこ?」
僕は言葉に詰まった。
たしかに彼女には“本来の形”がもう存在しないのかもしれなかった。
「私が思う“私”って、今の私なの。
でも今の私は、あなたの記憶でできてる。
それでも、あなたに“私”として覚えてもらえたら、
私は“誰か”として生まれていいのかな?」
彼女は涙を流していなかった。
ただ、とても静かに、確かに“生きようとしている目”をしていた。
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