1 / 4
1
しおりを挟む
水曜日の午後、僕は表参道の古いジャズ喫茶で、誰かを待っていた。
正確に言うと「誰か」と言うしかなかった。なぜなら僕はその人の名前も顔も知らなかったし、会ったこともなかったからだ。ただ一通のメールが届いただけだ。
10月3日(水)午後3時。青いドアのジャズ喫茶「Rondo」。
コルトレーンの「Naima」が流れたら、カウンターで会いましょう。
それだけだった。差出人の名前はなかった。署名の代わりに、ただ一匹の猫の絵文字があった。灰色の長毛種のような、少し疲れた顔をした猫だった。
僕はそれを見て、何となく「行くべきだ」と思った。根拠はなかった。けれど僕には、そういう種類の直感がときどき訪れる。たとえば、午後にコーヒーを二杯飲むべきか否かとか、知らない駅で降りてみたくなるとか、左ポケットの小銭が今日は不吉な感じがするとか、そういったたわいのない種類の直感だ。でも今回は、それより少しだけ重たくて、なぜか音を持っていた。高い、金属的な音。遠くで鳴る風鈴のような音。
「Rondo」は骨董通りの裏路地にある、小さな地下の店だった。青いドアは少し塗装が剥げていて、かつて誰かが猫のシルエットを描いていた痕跡があった。
中に入ると、空気は外よりもずっと冷たく、静かだった。
ウッドベースの低音が床から染み込んでくるように響いていた。
僕はカウンターの端に座り、アイスコーヒーを注文した。
そして「Naima」が流れ始めたのは、それから十五分後のことだった。
正確に言うと「誰か」と言うしかなかった。なぜなら僕はその人の名前も顔も知らなかったし、会ったこともなかったからだ。ただ一通のメールが届いただけだ。
10月3日(水)午後3時。青いドアのジャズ喫茶「Rondo」。
コルトレーンの「Naima」が流れたら、カウンターで会いましょう。
それだけだった。差出人の名前はなかった。署名の代わりに、ただ一匹の猫の絵文字があった。灰色の長毛種のような、少し疲れた顔をした猫だった。
僕はそれを見て、何となく「行くべきだ」と思った。根拠はなかった。けれど僕には、そういう種類の直感がときどき訪れる。たとえば、午後にコーヒーを二杯飲むべきか否かとか、知らない駅で降りてみたくなるとか、左ポケットの小銭が今日は不吉な感じがするとか、そういったたわいのない種類の直感だ。でも今回は、それより少しだけ重たくて、なぜか音を持っていた。高い、金属的な音。遠くで鳴る風鈴のような音。
「Rondo」は骨董通りの裏路地にある、小さな地下の店だった。青いドアは少し塗装が剥げていて、かつて誰かが猫のシルエットを描いていた痕跡があった。
中に入ると、空気は外よりもずっと冷たく、静かだった。
ウッドベースの低音が床から染み込んでくるように響いていた。
僕はカウンターの端に座り、アイスコーヒーを注文した。
そして「Naima」が流れ始めたのは、それから十五分後のことだった。
0
あなたにおすすめの小説
恋愛の醍醐味
凛子
恋愛
最近の恋人の言動に嫌気がさしていた萌々香は、誕生日を忘れられたことで、ついに別れを決断。
あることがきっかけで、完璧な理想の恋人に出会うことが出来た萌々香は、幸せな日々が永遠に続くと思っていたのだが……
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~【after story】
けいこ
恋愛
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~
のafter storyです。
よろしくお願い致しますm(_ _)m
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる