猫とジャズ

ドルドレオン

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猫とジャズと昨日の話

僕がその猫と出会ったのは、ある火曜日の午後だった。
天気は少し曇っていて、空気が湿っぽく、駅前のコーヒーショップにはジャズが静かに流れていた。マイルス・デイヴィスの『Round About Midnight』だったと思う。

猫はまるでそこにいるのが当然という顔をして、僕の前に座っていた。ベンチの端に腰をかけた僕と、真向かいにちょこんと座った猫。その距離はきっちり1メートル。互いに何も言わず、ただ、世界の一部としてそこに在った。

「やあ」と僕は言った。

猫はしばらく僕を見つめてから、首を傾げるようにして小さく鳴いた。まるで、「君、本当にここにいるつもり?」とでも言いたげに。

コーヒーを飲み終えた僕は、そのまま猫についていくことにした。理由なんてなかった。ただ、その日、何かがいつもと違ったんだ。

猫はゆっくりとした足取りで商店街の裏道に入り、古いビルの非常階段をのぼり、最上階のドアの前で立ち止まった。ドアには、錆びたプレートがかかっていた。

「昨日屋 Yesterday Room」

ノックすると、中から若い女の子の声がした。「どうぞ、お入りなさい。昨日はちゃんと覚えていますか?」

ドアの向こうには、ありふれた部屋があった。古いソファ、レコードプレーヤー、壁にかけられた絵画(たぶんクリムトの模写)、そしてその中央に、昨日が静かに置いてあった。

そう、昨日そのものだ。
昨日の午後三時の光、昨日の窓の外の鳩、昨日の喫茶店の会話、昨日の僕の孤独さえも。

「あなたが忘れた昨日、ここに保管しておきました」と彼女は言った。

僕は何も言わず、昨日の中に足を踏み入れた。そこには、僕が確かにいた。けれど、少しだけ違っていた。電話を取りそこねた昨日、読まれなかった手紙の昨日、気づかれなかった眼差しの昨日。

猫はその隅で丸くなって眠っていた。まるで、それがずっとの日常であるかのように。

僕が昨日から部屋を出たとき、もう夕方になっていた。猫はいなかった。
風が少し冷たくなっていて、空には早めの月が浮かんでいた。

そして僕はふと思った。
もしかすると、明日も、あの部屋に行けるんじゃないかと。
あるいは――もっと前の、10年前の火曜日にだって。
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