星のない惑星で珈琲を

ドルドレオン

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 窓の外に現れた一つの光は、じっとこちらを見つめていた。
 それは星ではなかったし、太陽でも月でもなかった。ただ、意志を持った“視線”だった。
 僕がそれに気づくと、光は音もなく膨らみ、やがて人の形になってゆく。輪郭が整い、細部が満ちていく。そして、彼はそこに立っていた。

 スーツを着た男だった。よく見ると、そのスーツは僕がかつて所有していたものに似ていた。
 彼はドアを開けて部屋に入ってきた。音も立てずに、まるで夢の続きを歩くような足取りで。
 僕はなぜか、恐れなかった。むしろ、ようやく会うべき相手に会えた気がした。

「久しぶりだね」と彼は言った。

「僕たちは……知り合いか?」

 彼は笑った。どこか懐かしく、どこか寂しげな笑みだった。
「それを決めるのは、君だ。記憶というのは、出会いの順番を決めてくれないからね。」

「君は誰なんだ?」

 彼は僕の問いに答えず、部屋の隅にあったもうひとつの椅子に腰を下ろし、テーブルの上に手を置いた。
「この部屋を覚えているかい?」

「……少しずつ思い出してきている。十七歳の頃に住んでいた部屋だ。」

「そう。夢と夢の間に、よく似た部屋があるんだ。人はそれを“過去”と呼ぶ。でも、本当は――ただの“繰り返し”さ。」

 僕はカップに残っていた冷めかけのコーヒーを口に運んだ。なぜか、ここでも味が少しだけ違った。まるで、時間の粒子が溶けているような、そんな味だった。
「君は、“観測者”なんだろう?」

 彼は小さく頷いた。「ああ。君もそうだ。そして僕も。違いがあるとすれば――僕はもう“観測をやめた”観測者なんだ。」

「やめた?」

「疲れたんだよ、見続けることに。自分の過去、他人の未来、壊れた世界。観測者は、真実を知る代わりに、何も持たない。それに耐えられなくなる時が来る。」

 僕は沈黙した。彼の言葉の中に、自分の影を見た気がした。

 彼は続けた。「でも、君はまだ若い。君にはまだ、観測の意味がある。」

「意味……?」

「世界は、誰かに見られないと、存在できない。
 この惑星は、“忘れられたものたち”の仮の棲み処。
 夢に捨てられた記憶、言葉にされなかった想い、無意識に見落とされた選択肢たち。
 君の役割は、それらを記録することだ。見て、覚えて、時にはそれを“語り直す”。」

「それは……報われるのか?」

 彼は少しのあいだ黙ったあと、静かに言った。
「報われる、という言葉を望む時点で、君はまだ“語り手”ではない。
 語り手は、報いではなく“響き”を求める。
 誰かに届くかどうかじゃない。語ったものが、どこかで静かに振動しつづけること――それが、真の観測者だ。」

 僕は目を閉じた。胸の奥で何かが、かすかに揺れた。
 それは言葉ではない、名付けられない感情だった。

 彼は立ち上がった。「僕はもう行くよ。君には、君の観測がある。」

「最後に、君の名前を教えてくれないか?」

 彼は振り返り、少しだけ間を置いて言った。

「僕の名前は……“君がもうひとつ選ばなかった人生”さ。」

 そして彼は、再び光の中へと還っていった。星のない空へ、誰の記憶にも属さない静けさへ。
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