図書館と象

ドルドレオン

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彼女の声は、十年という歳月をものともせず、僕の耳の奥にすっと滑り込んできた。
まるで昨日会ったばかりみたいに、時間がぐにゃりと曲がった。

僕は本を閉じ、そっと立ち上がった。
彼女は受付の前に立ち、黒いスカーフを首に巻いていた。以前と変わらず細身で、短く切られた髪の隙間から、小さな金のピアスが光っていた。

「久しぶりだね」と僕は声をかけた。

彼女は、まばたきを一度した。とても静かな、意味のあるまばたきだった。

「あなたも……見たのね? 象を」

僕はうなずいた。こういう場合、うそをつく理由なんてどこにもなかった。

「なんで、象なんだと思う?」僕はそう聞いてみた。

彼女は図書館の奥のほう、新聞の棚のほうをちらりと見てから、囁くように言った。

「記憶よ。なくしてしまった記憶の象徴。あれは私の象だったの。たぶん」

図書館の静けさの中で、その言葉はやけにはっきり響いた。

彼女は僕のほうに向き直った。

「10年前、私がいなくなった理由、知りたくない?」

もちろん、知りたいに決まっていた。でも、僕は首を横に振った。

「ううん、そうじゃなくてさ……君がまた現れた理由のほうが、気になる」

彼女は少しだけ笑った。
その笑みの奥には、説明しきれない悲しみと、どこか懐かしい諦めのようなものが見えた。

「じゃあ、今から少しだけ、象を探しに行かない?」

僕はうなずいた。
もちろん、象なんて見つからないかもしれない。でもそれは問題じゃなかった。

問題なのは、僕たちが再び同じ風の中を歩き始めた、ということだった。
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