夜のピアノと象の夢

ドルドレオン

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最終章

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夢から覚めたとき、朝の光がカーテン越しに差し込んでいた。
部屋の中は静かで、時計の針の音だけが、世界の存在を告げていた。

昨夜の夢は、これまでのどの夢よりも鮮明だった。
ハンナは象の背中で微笑み、何も言わなかった。けれど、その微笑みにはすべてが込められていた気がした。

何かを語る必要はもう、なかったのかもしれない。
ただ、そこにいてくれたということ。
それだけで、もう十分だった。

その日、僕は屋上の小部屋を再び訪れた。
雨は止んでいて、コンクリートに残る水の跡が、まるで昨日見た夢の地図のように見えた。

小さな部屋に入り、ピアノの前に座る。
鍵はポケットに入れたまま。もう、この鍵を使うことはない気がした。けれど捨てることもできない。ただ、持っていたい。それだけだ。

ピアノにそっと手を置き、ひと呼吸置いてから、『My Funny Valentine』を弾き始めた。

音が部屋に満ちていく。
窓の向こう、遠くに飛行機雲がひとすじ、空を横切っていた。

最近、眠りが少し深くなった気がする。
夜の街を歩いていても、ふとした瞬間に草原の匂いを感じることがある。
それはたいてい、ジャズバーの前を通りかかったときだ。

ピアノの音が聞こえてくる。誰かが『My Funny Valentine』を弾いている。
けれどそのバーは、もう何ヶ月も前に閉店していたはずだった。

僕は立ち止まり、耳を澄ませる。
音はもう聞こえない。ただ、風だけが通り抜けていく。

でもいい。
音が消えても、夢が消えても、象は忘れない。
それはきっと、僕のなかにある、忘れられない記憶の象徴なのだ。

そして今夜もまた、眠りの中で僕は象に会うかもしれない。
背中には、白いワンピースの誰かが座っているかもしれない。

夢の中でしか会えない人たちがいる。
でもそれは、とても幸福なことなのかもしれない。

なぜなら──
夢の中で交わした約束は、現実よりもずっと、深く、永く、生き続けるのだから。

(了)
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