昭和。愛情についての覚書

ドルドレオン

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昭和四十六年、春。
東京は、桜がまだ残る曖昧な季節。
街の風は冷たく、しかし冬の乾いた風よりも湿り気を帯びていた。
雑誌『群青』の最新号が発売され、三人の名前は表紙に並んでいる。
信一の連載小説は、前作よりも挑発的で、現代社会のタブーに斬り込む内容だった。
そのせいか、読者からの反応は熱狂的な支持と、激しい批判に二分されていた。

ある日の昼下がり、三人は編集部で顔を合わせた。
美緒は眉をひそめ、修は落ち着かない様子で、信一は机に手を置きながらため息をつく。

「信一さん……また、あの件ですか?」
美緒が言う。雑誌に寄せられた読者の投書を手にしていた。
「『信一の小説は不道徳だ』とか、『社会を惑わす』とか……」
修も声を震わせた。
「僕……読者の反応が怖いです。批判が、僕たちのせいにされる」

信一はゆっくりと顔を上げた。
「批判は予想していた。だが、問題は読者の目ではない――
 三人の関係だ」

その瞬間、電話が鳴った。
編集部の担当者からの報告で、信一の小説が週刊誌で取り上げられ、
“作家の不倫を暗示する小説”としてスキャンダラスに報じられたのだった。

記事では、信一の主人公が複数の女性と関係を持つ描写を、作者本人の私生活に結びつけて報道。
東京の文壇や編集部の内外で、噂が瞬く間に広がった。

美緒は顔を青ざめ、修は椅子に崩れ落ちた。
「これは……どういうことですか?」
信一は窓の外を見つめながら答えた。
「小説が現実と混同されるのは、作家にとって避けられぬことだ。
 だが、俺たち三人の関係まで疑われるのは……やりすぎだ」

それから数日、三人は編集部と世間の圧力に翻弄される。
信一は取材や電話に追われ、夜はバーで一人、酒を傾ける。
美緒は雑誌の信頼を守るため奔走し、修は心配と焦燥で眠れぬ日々を過ごす。

ある夜、三人は再び浅草の喫茶「白兎」に集まった。
信一はぐったりと椅子に座り、ウィスキーの匂いが残る指先を見つめる。
「俺たち……文学で繋がっていると思っていた。
 でも、世間はそれを恋やスキャンダルに変えてしまう」

美緒はそっと信一の手を握る。
「信一さん、私たちは本当のことを知っている。
 記事が何を言おうと、三人の信頼は揺るがない」

修も顔を上げ、力強く言った。
「僕もです。文章の力で批判を受けても、私たちの絆は変わらない。
 信一さん、美緒さん……僕は二人と一緒に書くためにここにいる」

雨が窓に打ちつける夜。
三人は言葉を交わさずとも理解し合っていた。
社会の目、雑誌の評判、スキャンダル――
すべては外の世界の光と影に過ぎず、三人の間の静かな灯は消えなかった。

信一はグラスを取り、そっと乾杯の音を立てた。
「俺たちの文学に、敬意を」
美緒と修も応じる。
その音は、東京の雑踏と雨音に溶け込み、夜の街をやわらかく照らした。
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