昭和。愛情についての覚書

ドルドレオン

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東京の冬は、光と影が入り混じる。
新宿や銀座のネオンは煌めくが、信一の心には寒気しか届かない。
雑誌『群青』に載った小説はスキャンダルとして世間に取り上げられ、
彼の名前は一晩で噂話の中心になった。

信一は夜の街を彷徨った。
コートの襟を立て、手袋越しに煙草の火を押さえる指先は震えていた。
「小説と現実は違う――でも、世間はそんなことを理解しない」
独り言のように呟く。

バーの扉を押すと、暖かい光とジャズの音が迎える。
カウンターには見慣れた顔はなく、静かにウィスキーのグラスを手にした。
一口、また一口。
アルコールが喉を通ると、一瞬だけ胸の重圧が薄れる。
だがグラスを置くと、現実がまた襲いかかる。

雑誌社からの電話、編集者の叱責、読者からの苦情。
「信一さん、記事の影響で販売部数が急減しています」
「週刊誌の編集長が、あなたの処遇を議題にしています」
電話の声は冷たく、重く、まるで鎖のように信一の心に絡みつく。

その夜、信一は一人、浅草の路地を歩いた。
雨が降り、ネオンが水たまりに揺れる。
路面に映る光は綺麗なのに、心はまったく光を受け取れない。
「俺は……なぜ、こんなに疲れているのだろう」
呟きながら、彼は自分の胸の奥の孤独を噛みしめた。

思い出すのは、玲子の面影、美緒の優しい眼差し、修の真剣な目。
彼らの存在は、心の支えであると同時に、責任でもあった。
スキャンダルで傷つけるかもしれない――その恐怖が、信一の胸を締め付ける。

バーの奥でグラスを傾け、煙草をくゆらせながら、彼は自分の影と向き合った。
「孤独も、酒も、言葉も……全部、俺をここに縛り付ける」
指先に残る氷のような感触と、喉を通る熱い液体。
それらは矛盾の中で心を慰め、同時に責め立てる。

窓の外、東京の街は無数の光で揺れ動き、人々は無関心に歩く。
だが信一は知っている――自分の孤独も、酒の逃避も、世間の圧力も、
すべては言葉を生むための闇なのだ、と。

彼はゆっくり立ち上がり、グラスをカウンターに置いた。
「明日も書く。逃げても、俺は書くしかない」
雨に濡れた路地に、信一の足音だけが静かに響いた。
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