昭和。愛情についての覚書

ドルドレオン

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東京の街は、濡れたアスファルトと雨音の中で静かに息をしていた。
信一、美緒、修が完成させた小説は、確かに読者に大きな反響を呼び、
藤村の策は逆効果となった。しかしその裏で、藤村の憎悪と焦燥は膨れ上がっていった。

藤村の事務所は、かつての栄光を失ったように、
雑誌編集部内でも次第に無視されるようになり、彼は孤立していた。
かつて信一に対して持っていた優越感も、すべて虚しさに変わり、
彼の心は次第に歪んでいった。

その日、藤村はひとりアパートに向かっていた。
足音が湿った地面に響く。
心の中には、彼が信一に対して抱いている憎しみが渦巻いていた。
「どうして……どうしてあんなことになった?」
藤村の口元は歪み、冷たい笑みを浮かべた。
「俺の力が及ばなかったのは、信一のせいだ。あいつが、あんな形で逆転するなんて」

信一の反撃を、藤村は決して許せなかった。
自分が積み上げてきたスキャンダルの計略が、
信一によって一気に崩れ落ちたことが、藤村の深いプライドを傷つけた。

そしてその日、信一がアパートから外出して帰る途中、
藤村は偶然、彼を見かけた。
その目が合った瞬間、藤村の中で何かが弾けた。

「信一! お前、あんなことを……」
藤村の声は低く、震えた。
信一は振り返ると、予想以上に険しい藤村の顔を見て驚いた。

「藤村、何を言いたいんだ?」
信一は少し身構えた。
だが藤村の目にはもはや理性などなく、ただ憎しみだけが宿っていた。

「お前が、俺を追い詰めたんだ! お前のせいで、俺は……!」
藤村は言葉を続けることができず、ただその手を突き出した。
ポケットから取り出されたナイフが、街灯の下で冷たく輝く。

信一が避けようとしたその瞬間、藤村はナイフを突き刺した。
一瞬、信一の体が硬直し、息が詰まるような痛みが走った。
「な……っ」
彼の口からは、かすかな声が漏れた。

藤村はそのまま、怒りに満ちた顔を信一に向け、
ナイフを引き抜くと再び突き刺した。
「これで……お前も俺と同じだ! 痛みを感じろ!」

信一は膝をついて倒れこみ、目の前が暗くなる。
そのまま、意識が遠くなっていく中、藤村の笑い声が、
不気味に響くように聞こえた。
「お前は、俺を愚弄した。だから……お前も消えろ!」

しかし、その笑い声も次第に遠くなり、信一は意識を失っていった。

病院の白い天井が信一を迎え入れるとき、
彼の体は冷たく、心拍数も減少していた。
血が大量に失われ、彼の体は危機的な状態にあった。
その冷たい診察台に横たわっている信一の顔は、
これまでの力強さを失って、ただひとつの無力さを浮かべていた。

美緒は病院の廊下を歩きながら、胸が押しつぶされそうになる。
信一が暴力を受けたことが信じられなかった。
そして藤村の顔が頭に浮かぶ。
「どうして……どうしてこんなことになったのか」

修もまた、信一の病室に駆けつけていた。
顔を見合わせ、言葉が出ない。
ただ、彼らの心には、藤村に対する怒りと憎しみが湧き上がっていた。

病院の白い部屋で、信一は生死の境をさまよう中で、
自らの命がかろうじて繋がれていることを感じていた。
体の痛みと冷たさ、そして胸を突き刺す恐怖――
それでも、彼は何とか意識を取り戻そうとしていた。

「信一……」
美緒の声が遠くから聞こえてきた。
「信一さん、お願い……目を開けて……」
その声に、彼は少しずつ目を開けた。
やがて、薄く開いた目の前に美緒が現れる。

「信一、私、ずっと待っているから」
美緒の目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「大丈夫よ、信一さん。あなたは、絶対に死んじゃダメ!」

信一は、少し苦しそうに唇を動かす。
「美緒……俺は、まだ……戦う……」

その言葉が、彼に最後の力を与えた。
信一はゆっくりと、目を閉じて再び眠りに落ちていくが、
その眠りの中で何度も、美緒の声と修の姿が現れる。
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