午後のカフェ

２

「午後のカフェで」②

彼女がそのレコードをテーブルに置いた瞬間、カフェの照明が一瞬だけ揺らいだ。まるで空気がわずかに震えたような、静かな違和感だった。店内の客は誰も気づいていないようだったが、僕の胸には小さな波紋が広がっていた。

「これ、クララ・シモンズっていう女性が1957年に録音したレコードなの。知ってる？」

僕は首を横に振った。

「彼女の声は、夢と夢の間にある音なのよ。リアルとフィクションの境目に流れる、奇妙に澄んだメロディ。」

彼女の語り口はどこか詩的で、眠気を誘うようだった。外の蝉の声が遠ざかり、まるでここだけ時空が歪んでいるような気がしてきた。

「これ、聴いてみたい？」彼女はレコードを僕のほうに押し出した。

「レコードプレイヤーなんて、ここにはないだろう？」

「あるのよ。奥の壁の向こう。」

そう言って彼女は立ち上がり、僕を見つめた。瞳の奥に、夏の終わりの午後の光が揺れていた。

僕はゆっくりと椅子を引いて、彼女のあとについて立ち上がった。

その時、気づいた。店内の他の客たちは、誰一人として動いていなかった。まるで時間が止まったかのように。男は新聞を読んだまま、女はカップを持ち上げたまま。

僕の心臓が、少しだけ強く鼓動した。