ママ友と……

足利直建

文字の大きさ
1 / 12

第1話 ママ友のお願い

しおりを挟む
 夫は優しい。
 給料はちゃんと家に入れてくれるし、小遣いが少なくても文句を言ったことがない。
 休日には小学4年生になった一人娘の莉緒と一緒にゲームをしたり、映画や買い物に連れて行ってくれたりと世話もなにかとしてくれる。
 家族の誕生日や夫婦の記念日には、外食にも連れて行ってくれるし、プレゼントもしてくれる。
 浮気をしたこともない(たぶん)真面目な人だ。
 まわりの人から見ればすごくいい夫に見えるだろう(実際にいい夫だが)。
 だけど、不満がまったくないというわけではない。
 夫とはセックスレスだ。
 莉緒が生まれてから徐々に回数が減ってきて、ここ5年ほどはほとんどしていない。
 大学のときの友だちに愚痴ってみると、
「どこでも似たようなものよ。うちも3年はないかな」
 と言っていた。
 子どもがいれば、どこでもそうみたいだ。 
 もちろん夫は愛している。
 でも、女としては淋しいものがある。
 小さいときは、莉緒も同じベッドで寝ていたが、小学生になると自分の部屋で一人で寝られるようになった。
 だから、寝室は夫婦だけ。
 昨晩、私のほうから思い切って甘えてみた。
 それなのに……。
 夫は「明日も仕事だから。ごめん」と言って寝てしまう。
 私も同じ会社に勤めていたから、中間管理職である夫の仕事が大変なのはよく分かっている。
 でも……。
 夫に拒まれ、背を向けられて私は泣きそうになった。
 外では、『莉緒ちゃんのママ』でも、二人っきりのときには女の『沙也加』に戻りたい。
 もちろん夫婦の愛情表現はセックスだけではないということは、頭では分かっている。
 愛情があればセックスなんてなくてもいいという人がいることも知っている。
 でも、付き合っていたときや結婚当初のように激しく愛して欲しい。
 私を求めて欲しい。
 女にも性欲はある。
 夫が体を求めてこないのは、もう私に飽きてしまったからだろうか。それとも、抱きたくなるような魅力が無くなってしまったのだろうか。
 あるいは、私を女だとはもう思えなくなってしまっているのかもしれない。
 そう考えるとあまりにも虚しい。
 私はもうアラフォーだ。
 鏡で顔を見ると、小皺があちらこちらにあり、肌のツヤや張りも若いころとは全然違う。
 やっぱり、夫も男だから若い女のほうが好きなんだろうか。
 そう思って浮気を疑ったことがある。
 夫は携帯にロックをかけたりしていない。
 いけないこととは分かっていたが、夫がお風呂に入っているときを狙ってメールや電話の履歴、ラインを盗み見たことがある。
 だが、それらしい形跡はなかった。
 隠れてスマホをいじっている様子もないし、休日に一人で出かけるというような怪しい行動もない。
 たぶん浮気はしていないと思う。
 浮気でないとしたら、夫はどうやって自分の性欲を処理しているのだろうか。
 やはり、私に気づかれないように上手く浮気をしているのかもしれない。
 私よりもずっと若い女と浮気をして、鈍い女だと陰で笑っているのかもしれないとか考えてしまうこともある。
 そんなことを考えていると、泣きたくなる。

「ママ、わたしの言うこと聞いてた?」
 莉緒の声が私を現実に引き戻す。
 朝ご飯を食べさせていたのを思い出した。
「えっ。なに? ごめん。ちょっとボーっとしてた」
「もうー。ちゃんと聞いて」
 パンを手に持ったまま莉緒が健康的な赤みのあるほっぺたを膨らませた。
 ちょっと拗ねたような顔も可愛い。
 莉緒は夫似だ。
 目鼻立ちがくっきりして、まだ赤ちゃんのころから「将来は絶対に美人になるわね」と周りから言われていた。
 私の母なんかは、「お前に似なくてよかったね」と自分が産んどいて失礼なことを言う。
 夫は長身で、目鼻立ちのハッキリとしたイケメンだ。
 もう40をとっくに過ぎているが、20代と言っても十分に通用しそうなぐらい若く見える。
 私の友だちにも人気があるし、独身のときには会社の女の子が何人も狙っていた。
 私は凹凸の少ない典型的な東洋人の顔をしている。
 自分では美人ではないが、そう悪くもないと思っているが。
 友だちに言わすと、私の顔は可もなく不可もないちょうどお手ごろらしい(どういう意味だ)。
 誰に言っても信じてもらえないが、夫のほうから私に声をかけてきた。
 最初は私もからかわれているのだと思っていたので、適当にあしらっていた。
 だが、何回断ってもしつこく誘ってくる。
 イケメンの男に何度も誘われては、悪い気はしない。
 一度だけのつもりで食事に付き合った。
 それからも夫は何度も誘ってきて、食事や映画に行った。
 そんなことを繰り返しているうちに付き合うようになった。
 付き合って半年後にプロポーズされ結婚し、3年目に生まれたのが莉緒だ。
「エリちゃんに土曜日のお昼から誕生会をするから来てって言われたの。行ってもいい?」
 エリちゃんは莉緒の同級生で一番仲がいい。
 ハキハキとして礼儀正しい。
 エリちゃんはいい子だが、私はエリちゃんのママのナオミさんが少し苦手だ。
 小説家をしているというナオミさんはアメリカ人のお父さんと日本人のお母さんのダブルだと聞いている。
 背が高く、モデルのような体型で、金髪をツーブロックマッシュにした美人というよりイケメンという言葉がピッタリする人だ。
 中学校まで、アメリカで育ったというナオミさんは明るく、気さくな人柄で、物怖じせず自分の意見をハッキリと言う。
 初対面のときからまるで昔からの知り合いのように話しかけてきた。
 子どもたちの仲がいいので会えば話しはするが、人と仲良くなるのに時間がかかる私にとっては、ナオミさんんのようなタイプは苦手だ。
 エリちゃんに誘われたと言っても、実際に準備をするのはナオミさんだろう。
 それを考えると、すぐに「いいよ」とは言えなかった。
「ほかは誰か行くの?」
「マコちゃんとフウちゃん」
 二人とも莉緒の同級生。
 エリちゃんと同じくらい莉緒が口に出す名前だ。
 家にも何回か家に遊びに来たことがあった。
 莉緒の体からは行きたいというオーラが出ている。
 ナオミさんのことが苦手だから行ってはだめだと言うのもかわいそうだ。
「いいわよ。でも、エリちゃんのママにご迷惑をかけてはダメよ」
「うん。分かってる」
 莉緒は笑顔になって頷いた。

 娘がお世話をかけるのだから、一言あいさつをしておいたほうがいいだろう。
 莉緒を学校に送り出してからエリちゃんの家に電話をかけた。
 だいたいの人がスマホを持っているので、固定電話のない家も多いが、ナオミさんの家には固定電話がある。
 スマホはもっぱら出版社の人との連絡用に使っているから、「用事があるときは固定電話のほうにかけて」とナオミさんに言われていた。
 呼び出し音が鳴るがなかなか出ない。
 小説を書いているのだろうか。
 締め切りが迫っているのかもしれない。
 どんな小説を書いているかは知らないが、けっこう人気があるとエリちゃんは自慢げに言っていた。
 締め切りが迫っていると、ナオミさんはイライラしていてとても恐いとも言っていた。
 そんな忙しいときに、莉緒がお邪魔をしても大丈夫なのだろうか。
「もしもし」
 そろそろ切ろうかと思ったときに、ナオミさんの声がした。
「柳井ですけど」
「あら、沙也加さん?」
 ナオミさんは私のことを親しげに名前で呼ぶ。そ
 れも私がナオミさんのことを苦手だと思うことの一つだ。
「はい。今度の土曜日に莉緒がエリちゃんのお誕生日会にお招きいただいたみたいで……」
「ああ、そのことね」
「ご迷惑をおかけするかもしれませんけれど、よろしくお願いします」
「そんなことはいいのよ。ほかの子たちも来るし、エリも楽しみにしているから」
 相変わらずハキハキとした口調でナオミさんはしゃべる。
「そうですか。よろしくお願いします」
「で、そのことでちょっと沙也加さんにお願いがあるの」
「お願い?」
 なんとなく嫌な予感がした。
「準備を手伝って欲しいの。ほかの子のママたちは仕事やパートがあるから沙也加さんにお願いしたいの」
 私は結婚しても仕事を続けていた。
 莉緒が生まれてからも産休と育休は取ったが、その後は保育園に預けて働き続けた。
 だが、莉緒が小学生になったとき、「ママ、仕事にいっちゃあいやだ」と泣いて学校へ行こうとしないということが続く。
 なんとか騙して学校へ行かせていたが、最後にはトイレにカギをかけて閉じこもり出てこないという行動を莉緒はとった。
 莉緒は小学校から帰ると学童保育に行き、私が迎えにくるまで待っている。
 残業で遅くなったときは他の生徒は誰もいないなか一人で待っていることもあった。
 きっとそれが寂しかったのだろう。
 私も夫も困り果て、何度も話し合いを重ねて莉緒が小学校を卒業するまでは私は仕事をしないで家にいることになった。
 それからの私はずっと専業主婦だ。
 夫の会社は中小企業だが、幸いにも業績が良く私が働かなくても親子3人がなんとか生きていけるだけの給料はもらえている。
「分かりました。何時ぐらいに行けばいいですか?」
「悪いわね。1時にみんなを呼んでいるから、12時前に来てもらえるかしら」
「はい。じゃあ、土曜日の12時前に伺います」
 私はふーっとため息をついて、電話を切った。
 土曜日は莉緒を学校に送り出したら、すぐに家の用事を始めないと間に合わない。
 専業主婦という立場になって初めて分かったことだが、料理や洗濯など家事はやることがいっぱいある。
 会社勤めをしていたときは、専業主婦は楽でいいなあと思っていたが、それは大間違いだった。
 きっと、ほかの子のママたちもそう考えているだろう。
 その点では、同性でも男たちと考えていることはそう変わらない。
 だから、専業主婦の私が手伝うしかない。
 ナオミさんと二人というのは気が重いが、莉緒のためだ仕方がない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...