ママ友と……

足利直建

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第6話 浮気現場に遭遇して

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 莉緒を学校に送り出してから家事を終わらせ、昼食は何しようか考えていると携帯電話が鳴った。
 夫からだろうかと思い、画面を見るとナオミさんの名前が表示されている。
 いったい何の用だろう。
 一昨日のことが思い出されて出るのをためらってしまう。
 お気に入りの歌が鳴り続ける。
 もう2度と会わないのなら、このまま出ないという選択肢もあるだろう。
 だが、ナオミさんは莉緒の友だちのママ。
 会わないということはありえない。
 しかたない。
 莉緒のためだ。
 気まずい思いを押し殺して、電話に出る。
「はい」
「沙也加?」
 まるで恋人にでも呼びかけるような親しげな声。
 しかも呼び捨てだ。
「はい」
「今から出てこれない? 面白いものが見られるわよ」
「これから用事がありますから無理です」
 別に用事などないが、うそをついた。
 どうしても一昨日のことが頭から離れない。
 顔を合わせるのが気まずいということもあるが、誘われるままノコノコ出て行けば、また何をされるかわからないという不安もある。
 あのときの夫を裏切りかねないようなことはもうできない。
「来た方がいいと思うけど」
 ナオミさんが意味ありげな言い方をする。
「どういうことですか?」
 なんとなく気になった。
「編集者と打ち合わせがあって、Tホテルのロビーラウンジにいるんだけれど沙也加のよく知っている人がいるのよ。どうも泊っているみたい」
「私のよく知っている人って誰ですか?」
 心当たりがない。
「それは来てのお楽しみ。きっとビックリするわよ」
 気になる言葉を残してナオミさんとの電話は切れた。
 Tホテルは一番安い部屋でも1泊数万円はする高級ホテルだ。
 そんな高級ホテルに泊まるような知り合いはいないはずだが。
 でも、ナオミさんがわざわざ電話してきたということは私の身近な人なんだろう。
 ママ友の誰かだろうか。
 私は他人のゴシップには興味がない。
 無視しようかと思ったが、ナオミさんの声がなにか面白がっているように聞こえたのが気になった。
 行ってみるだけ行ってみようか。
 大したことなければさっさと帰ってくればいい。
 私は高級ホテルでも恥ずかしくないように、できる限りの格好をして家を出た。
 ホテルのロビーに入ると、すぐにナオミさんが近づいてきた。
「あら、今日は気合が入っているわね」
 ナオミさんは冷やかすように言う。
 私はいつもより念入りに化粧をし、持っている服の中で唯一のブランド品であるワンピースを着ていた。
「それより誰なんですか」
 私はロビーを見まわした。
 知っているような顔はどこにも見えない。
「こっちよ。間に合うかしら」
 ナオミさんはホテルのフロントに向かって歩き出す。
 フロントの前を通り過ぎると、エレベーターホールがあり数人がエレベーターを待っていた。
 知っている顔はいないみたいだが。
「ほら、あそこ」
 ナオミさんが指さす人を見た。
「えっ、まさか」
 私は固まってしまった。
 エレベーターを待っている人ごみの中に隠れるようにしている夫の横顔が見えた。
 それも女の人とまるで恋人のように腕を組んでいる。
 私は、目の前の光景がどうしても信じられなかった。
 夫によく似た別人ではないだろうか。
 きっと、見間違いだ。
 家族思いの夫が私や莉緒を裏切るはずがない。
 夫は出張に行っている。こんなところにいるはずがない。
 私はそう思い込もうとした。
 だが、何度見返してもその横顔は夫にしか見えない。
「ご主人でしょ」
 私と夫が近くのスーパーで買い物をしているときに、ナオミさんと何度か会ったことがあった。
 だから、ナオミさんは夫の顔を知っている。
 夫らしき人は女の人と腕を組んだままエレベーターに乗り込み上がっていった。
 どうやら泊っているみたいだ。
 急にめまいがしてふらついた。
「大丈夫?」
 ナオミさんが支えてくれる。
「締め切りがせまっているから、部屋を取っているの。少し休んでいったら」
 とてもすぐに帰られるような気分ではない。
 ナオミさんに支えられてエレベーターに乗った。

 部屋に入ると、ナオミさんは私をソファーに座らせた。
 「飲み物を持ってくるわね」
 ナオミさんが冷蔵庫のほうに向かった。
 部屋はスイートルームだ。
 執筆のためとはいえ高級ホテルのスイートルームを取れるなんてすごい。
 ナオミさんがどんな小説を書いているかは知らないが、きっと相当な売れっ子なんだろう。
「どうぞ。沙也加の好きな赤ワインよ」
 テーブルの前にワイングラスが置かれる。
 私は文句も言わずに無言で口をつける。
「でも、びっくりしたわ。まさか沙也加のご主人の浮気相手が志保さんだなんて」
 夫と一緒にいた女の人は私とナオミさんがよく知っている人だった。
 三崎志保さん。
 莉緒の友だちマコちゃんのママ。
 マコちゃんのパパは2年前に交通事故で亡くなっている。
 志保さんはマコちゃんが生まれた後も仕事を続け、今は一流企業の三友物産本社で若くして営業課長になったバリバリのキャリアだ。
 志保さんが忙しくて帰りが遅いときは、マコちゃんを預かったことは何度もあった。
 さらにナオミさん、志保さん、ふうちゃんのママ裕子さんとママ友で何度かランチをしたこともある。
 それなのに夫と浮気していたなんて信じられない。
 やはり私の見間違いだ。
 よく似た人を見てそう思っただけ。
 夫が浮気なんかするわけがない。
 そうに決まっている。
 夫の会社に電話しようと思い立って、スマホを取り出し電話帳から以前の勤め先を選択する。
 きっと夫は会社にいるはず。
「どこに電話するの?」
 前のソファーに座ったナオミさんが私を見ている。
「夫の会社にです」
「そう」
 ナオミさんはそれ以上は何も言わず、優雅に足を組んでワインを口に含んだ。
 呼び出し音が鳴る。
 心臓がバクバクしてくる。
 お願い。会社にいて。
 私は心から祈った。
「はい。新日光商事です」
 交換の女性の声がした。
「営業部の柳井様をお願いします」
「営業部の柳井ですね。しばらくお待ちください」
 ピアノの優しいメロディがしばらく流れて、「営業部です」という声が聞こえた。
「わたくし、柳井様の加入されている保険会社のものですが、契約のことで確認したいことがございまして、お電話を差し上げました。柳井様はいらっしゃいますか」
 妻だと下手に名乗ると、あとでどんな噂が立つかわからない。 
 私も勤めていた会社なので電話を切ったあとの様子はだいたい想像ができる。
 私のことを覚えている人がまだいるかもしれない。
 当たり障りのない保険会社を名乗った。
「今日は休暇ですね」
「出張に行かれるようなことも聞いていたのですが、休暇ですか?」
 夫は明日まで出張だと私に言っていた。電話に出た人の勘違いなのではないか。
「出張は昨日までです。今日と明日は休暇です」
「そうですか」
 お礼の言葉も言わずに電話を切ってしまった。

 夫は言っていたよりも早く出張から帰ってきている。
 だが、家にはまだ帰ってきていない。
 いや。ひょっとしたら、家に帰っているかもしれない。
 一縷の望みをかけて、家に電話してみる。
 呼び出し音は鳴るが、やはり誰も出ない。
 夫のスマホにも電話をしたが、すぐに留守電に変わった。
 会社の人が嘘をついているとは思えない。
 嘘をついているのは夫だろう。
 やっぱり、ホテルにいたのは夫だったんだと思い知らされた。
 不思議と怒りの感情は沸いてこない。
 ただ悲しいだけ。
 私は夫を愛しているし、信じてもいる。
 夫も私を愛してくれていると思っていた。
 セックスがないのも本当に疲れているからだと信じていた。
 夫は絶対に浮気をしない。そう信じていたから我慢もできた。
「それでどうだったの?」
 ナオミさんがワイングラス片手に聞いてきた。
「出張からは帰ってきているそうです」
「会社にいたの?」
「いえ。今日は休暇だそうです」
「じゃあ、やっぱりあれはご主人だったのね」
「……」
 夫はずっと私を裏切っていた。表向きはいい夫を演じながら、私を欺いていた。
『愛している』『君が一番大切だ』とか言っていたのも全部偽り。
 私のことをもう愛していないんだ。
 夫は私のことを女ではなく、家政婦ぐらいにしか思っていないのだろう。
 志保はキャリアウーマンらしくスーツ姿が似合うキリっとした美人だ。
 参観日のときに志保が教室に入ってくると、パパたちの視線を一斉に集めるぐらいに目を引く容姿をしている。
 夫と志保がどこで知り合ったか、どうやって連絡を取り合っているのかはわからない。
 だが、私に出張だと言っていながら、志保とホテルで会っているのだから夫が浮気をしていることは確実だ。
「どうする? 部屋を探し出して浮気現場に乗り込む?」
 ナオミさんがなぜか楽しそうに言う。
 人の不幸は蜜の味ということか。
 私は首を横に振る。
 このまま感情に任せて部屋に乗り込んでもいい結果にはならないような気がする。
 まだ頭は混乱していて、どうしていいかよく分からない。
「これで沙也加も気が楽になったんじゃない」
 「えっ」
 ナオミさんが何を言いたいのか分からない。
「ご主人が楽しんでいるなら、沙也加も楽しまなくちゃ損ということよ」
  ナオミさんが立ち上がって、私の手を引っ張った。


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