シェアハウスの片隅で~無口な同居人と恋をしてみた~

もにもに子

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駅の改札を抜けた瞬間、悠人は小さく息をついた。
今日も一日、ぎゅうぎゅう詰めの電車と、慣れない業務と、笑顔を貼りつけた接客。
足は鉛のように重く、肩には知らぬ間に力が入っている。
週の半ばにして、すでに心も体もぐったりしていた。

「早く帰ってシャワー浴びたい……」

そう思いながら階段を降り、駅舎を出た瞬間、冷たい雨粒が頬を打った。
空はいつの間にか鉛色に沈み、街灯の光が滲んで見える。
天気予報では夜からと言っていたはずなのに。

悠人は反射的に肩をすくめ、鞄の中を探る。
しかし折りたたみ傘は入っていない。
朝の晴れ間に油断した自分を心の中で呪いながら、駅前の屋根の下へと足を運んだ。
生ぬるい風がジャケットの隙間を抜け、背筋を撫でていく。

行き交う人々は、当たり前のように傘を差して足早に通り過ぎていく。
悠人はため息をひとつ落とし、スマホで天気アプリを開こうとして……ふと手を止めた。

改札から出てくる人の波の中に、見慣れた背の高い影があった。
篤だった。
長傘を片手に、無表情のまま歩いてくる。
二人の視線が交わった。

「あ」

同時に小さく息をもらす。
特別仲が良いわけでもなく、かといって全く知らないわけでもない相手。
その微妙な距離感が、雨音とともに気まずさを運んでくる。

篤は一言も発さず、悠人を上から下までゆっくりと見やった。
傘を持っていないことに気づいたのだろう。
無言のまま、自分の傘を差し出してきた。

「……これ」

低く、少し掠れた声。
悠人は一瞬、何が起きたのかわからず固まる。
おそるおそる傘を受け取ると、その柄はほんのりと温かく、篤の体温を残していた。

「ありがとう……?」

言い終わらないうちに篤はくるりと背を向け、雨の中へ歩き出してしまう。
その背中は、濡れることなど気にも留めていない。

「ちょ、ちょちょちょっと待って!」

悠人は慌てて駆け寄る。

「なんで!?」

「なんで?」

「一緒に帰ろうよ!」

呼び止められた篤は、露骨に眉をひそめた。
口元がわずかに歪み、迷惑そうな気配が漂う。

「いい。濡れても平気だから」

「だめ。せっかく傘あるんだから、一緒に入って」

悠人は半歩前に出て、傘を高く差し上げる。

数秒の沈黙。
篤はじっと悠人を見つめ、それからため息をついた。

「……狭」

渋々といった様子で、傘の中に身を寄せる。

「ごめんって」

悠人の肩と篤の肩が触れ合い、近すぎる距離に互いの呼吸が重なった。
雨音が、ふたりの沈黙をやわらかく包み込んでいるような気がした。
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