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篤が傘に身を寄せた瞬間、わずかに湿った体温と、服に染み込んだ雨の匂いがふわりと混ざった。
肩と肩が触れ合い、傘の骨がわずかに軋む。
その近さに、悠人は意識していなかった呼吸の音まで相手に聞こえてしまいそうで、ひそかに息を整えた。
傘の上で雨粒が弾ける音が、すぐ耳元で繰り返される。
そのリズムは妙に規則的で、心臓の鼓動と重なっていくようだった。
「……寒くない?」
沈黙に耐えきれず、悠人がぽつりと声をかける。
篤は視線を前から外さず、「別に」と短く答えた。
ぶっきらぼうな響きの中にも、わずかな柔らかさが混ざっている気がした。
悠人は傘の柄を握る手に少し力を込め、ほんの僅か自分側へと傘を傾けた。
篤の肩が濡れないように。
その動きに気づいたのか、篤が一瞬だけ視線を横に流す。
だが何も言わず、また前を向いた。
「……ありがとう、傘」
改めて礼を言うと、篤はまた「別に」と返した。
それだけなのに、不思議と声色が先ほどよりも軽く感じられる。
歩幅は篤の方が大きい。
悠人が半歩早めに足を動かさなければ、すぐに肩が離れてしまう。
離れたら、また遠くなる気がして、つい足取りが急く。
ふと、前方を横切る車のライトが路面の水たまりを銀色に光らせた。
その瞬間、風が傘の下へ吹き込み、二人の間に冷たい空気を押し入れる。
悠人は思わず身を縮めた。
篤はと言えば、少し肩を寄せて風を遮るような位置に立っていた。
「今日は仕事?」
「……いや」
「俺は仕事。こんな日に仕事なんてしたくないよ」
「そっすか」
ぶっきらぼうな答えに、悠人は思わず笑ってしまう。
篤が怪訝そうに眉をひそめた。
「なに」
「いや……なんか、らしいなって」
再び沈黙が落ちる。
けれど、さっきまでの冷たさは少し薄らいでいる。
雨の匂い、濡れたアスファルトの匂い、篤の服から漂う柔軟剤の香り。
それらが、同じ空間の中でゆっくりと混ざっていく。
通りの先に、シェアハウスの屋根が見える。
建物の外灯が、雨粒を金色に照らしている。
玄関に着くと、篤は傘を軽く振って水滴を払った。
「……じゃあ」
それだけ言って、踵を返す。
「あ、あの」
思わず呼び止めてしまった。
篤が振り返る。
「……何」
「えっと……今日は、ありがとう」
「……別に」
短いやりとり。
それでも、悠人の胸の奥には何か温かいものが残った。
篤はそのまま二階へ上がっていき、足音が遠ざかる。
悠人は玄関先で、まだ雨の匂いが残る空気を深く吸い込んだ。
距離はまだ遠い。
それでも――今日の雨が、その距離をほんの少しだけ縮めた。
肩と肩が触れ合い、傘の骨がわずかに軋む。
その近さに、悠人は意識していなかった呼吸の音まで相手に聞こえてしまいそうで、ひそかに息を整えた。
傘の上で雨粒が弾ける音が、すぐ耳元で繰り返される。
そのリズムは妙に規則的で、心臓の鼓動と重なっていくようだった。
「……寒くない?」
沈黙に耐えきれず、悠人がぽつりと声をかける。
篤は視線を前から外さず、「別に」と短く答えた。
ぶっきらぼうな響きの中にも、わずかな柔らかさが混ざっている気がした。
悠人は傘の柄を握る手に少し力を込め、ほんの僅か自分側へと傘を傾けた。
篤の肩が濡れないように。
その動きに気づいたのか、篤が一瞬だけ視線を横に流す。
だが何も言わず、また前を向いた。
「……ありがとう、傘」
改めて礼を言うと、篤はまた「別に」と返した。
それだけなのに、不思議と声色が先ほどよりも軽く感じられる。
歩幅は篤の方が大きい。
悠人が半歩早めに足を動かさなければ、すぐに肩が離れてしまう。
離れたら、また遠くなる気がして、つい足取りが急く。
ふと、前方を横切る車のライトが路面の水たまりを銀色に光らせた。
その瞬間、風が傘の下へ吹き込み、二人の間に冷たい空気を押し入れる。
悠人は思わず身を縮めた。
篤はと言えば、少し肩を寄せて風を遮るような位置に立っていた。
「今日は仕事?」
「……いや」
「俺は仕事。こんな日に仕事なんてしたくないよ」
「そっすか」
ぶっきらぼうな答えに、悠人は思わず笑ってしまう。
篤が怪訝そうに眉をひそめた。
「なに」
「いや……なんか、らしいなって」
再び沈黙が落ちる。
けれど、さっきまでの冷たさは少し薄らいでいる。
雨の匂い、濡れたアスファルトの匂い、篤の服から漂う柔軟剤の香り。
それらが、同じ空間の中でゆっくりと混ざっていく。
通りの先に、シェアハウスの屋根が見える。
建物の外灯が、雨粒を金色に照らしている。
玄関に着くと、篤は傘を軽く振って水滴を払った。
「……じゃあ」
それだけ言って、踵を返す。
「あ、あの」
思わず呼び止めてしまった。
篤が振り返る。
「……何」
「えっと……今日は、ありがとう」
「……別に」
短いやりとり。
それでも、悠人の胸の奥には何か温かいものが残った。
篤はそのまま二階へ上がっていき、足音が遠ざかる。
悠人は玄関先で、まだ雨の匂いが残る空気を深く吸い込んだ。
距離はまだ遠い。
それでも――今日の雨が、その距離をほんの少しだけ縮めた。
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