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第2章 硝子の禁域
2-6.「バーティカル・デッドライン」 --- 垂直の死線
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黒崎が構築した「Abyss Cathedral」の真の最終章。それは、物理的限界である水深100メートルという死地から、生還する女神の姿を網膜に焼き付けるための儀式だった。
その「潜水艦」と呼ばれる装置は、直径10メートルの巨大な円柱状プールの中に設置された、ドーナツ型のエレベーターであった。
中央が吹き抜けになったその特殊な乗り物には、内側の水槽を向き等間隔に1周16の特等席だけが用意されている。
追加料金を支払った16人の観客たちが、極度の緊張で身を強まらせる中、サラが静かに中央の空間へ現れた。
彼女は一切を纏わぬまま、ドーナツの中心にある床に仰向けに寝かされ、黒崎の手によって、設置されたベルトで大の字に固定された。
「潜航開始。深度、100メートルまで」
黒崎の合図とともに、エレベーターは静かに下降を始めた。
水面から10、30、50……。周囲の気圧が急激に増し、アクリル越しに差し込む光は次第に深い紺碧へと変わっていく。
水深100メートル。そこは日光すら届かない、漆黒の静寂と圧倒的な水圧が支配する死の世界だ。
サラの肉体は、100メートルの水圧によって強靭に引き締められ、その密度を増していく。肺は握り拳ほどの大きさにまで圧縮されているはずだが、彼女の瞳には一切の動揺がない。
最深部、100メートル。エレベーターが停止した。
静寂の中で、サラの拘束ベルトが自動的に解除される。彼女はゆっくりと椅子を離れ、そこから自力での**「100メートル浮上」**を開始した。
「……追え」
エレベーターはサラの浮上速度に完璧に合わせて上昇を始める。
スポットライトに照らされたサラの肉体は、暗黒の深海で唯一の発光体となっていた。
酸素を使い果たし、限界を優に超えた肉体が、一掻きごとに官能的なしなりを見せる。アクリル一枚を隔てた至近距離で、観客たちは「死」から「生」へと還る生命の再誕を目の当たりにした。
そのあまりにも生々しく、圧倒的な美しさに、観客たちの理性が次々と崩壊していく。黒崎はモニター越しに、客席の数人が呼吸を乱し、自身の欲望を抑えきれずに腰を突き出しているのを確認した。
ついにサラは、水面の光を捉えた。
最後の数メートル、彼女は弾けるように水面を割り、自力でプールの縁へと這い上がった。
「ハァッ……ハァッ……!」
乾いた肺が、狂ったように酸素を求める。
だが、サラは荒い呼吸を整えながら、凛とした立ち姿で、まだ呆然としている16人の観客たちへ向けて、ゆっくりと、勝利を告げるように手を振った。
その毅然とした、神々しいまでの全裸の立ち姿に、観客たちは射精という敗北の余韻を抱えたまま、ただ打ちのめされたように彼女を見送った。
サラはそのまま、静かに楽屋へと戻った。
重い扉が閉まり、外界の視線が遮断された瞬間、彼女は待機していた黒崎の胸へと崩れるように飛び込んだ。
「……ハァッ、ハァッ……エドワード……帰ってきたわ……」
黒崎は海水に濡れた彼女の体を、壊れ物を扱うように、それでいて二度と離さないという強さで抱きしめた。
「ああ、よく戻った、サラ。完璧なフィナーレだ」
黒崎は彼女の濡れた髪をかき上げ、深く、熱いキスを交わした。
100メートルの底から生還した彼女の唇はまだ冷たく、しかしその内側は、再会の喜びで燃えるように熱かった。
劇場を支配する狂騒を余所に、楽屋の静寂の中で2人は、互いの心臓の鼓動を確かめ合うように、いつまでも抱き合い、唇を重ね続けていた。
その「潜水艦」と呼ばれる装置は、直径10メートルの巨大な円柱状プールの中に設置された、ドーナツ型のエレベーターであった。
中央が吹き抜けになったその特殊な乗り物には、内側の水槽を向き等間隔に1周16の特等席だけが用意されている。
追加料金を支払った16人の観客たちが、極度の緊張で身を強まらせる中、サラが静かに中央の空間へ現れた。
彼女は一切を纏わぬまま、ドーナツの中心にある床に仰向けに寝かされ、黒崎の手によって、設置されたベルトで大の字に固定された。
「潜航開始。深度、100メートルまで」
黒崎の合図とともに、エレベーターは静かに下降を始めた。
水面から10、30、50……。周囲の気圧が急激に増し、アクリル越しに差し込む光は次第に深い紺碧へと変わっていく。
水深100メートル。そこは日光すら届かない、漆黒の静寂と圧倒的な水圧が支配する死の世界だ。
サラの肉体は、100メートルの水圧によって強靭に引き締められ、その密度を増していく。肺は握り拳ほどの大きさにまで圧縮されているはずだが、彼女の瞳には一切の動揺がない。
最深部、100メートル。エレベーターが停止した。
静寂の中で、サラの拘束ベルトが自動的に解除される。彼女はゆっくりと椅子を離れ、そこから自力での**「100メートル浮上」**を開始した。
「……追え」
エレベーターはサラの浮上速度に完璧に合わせて上昇を始める。
スポットライトに照らされたサラの肉体は、暗黒の深海で唯一の発光体となっていた。
酸素を使い果たし、限界を優に超えた肉体が、一掻きごとに官能的なしなりを見せる。アクリル一枚を隔てた至近距離で、観客たちは「死」から「生」へと還る生命の再誕を目の当たりにした。
そのあまりにも生々しく、圧倒的な美しさに、観客たちの理性が次々と崩壊していく。黒崎はモニター越しに、客席の数人が呼吸を乱し、自身の欲望を抑えきれずに腰を突き出しているのを確認した。
ついにサラは、水面の光を捉えた。
最後の数メートル、彼女は弾けるように水面を割り、自力でプールの縁へと這い上がった。
「ハァッ……ハァッ……!」
乾いた肺が、狂ったように酸素を求める。
だが、サラは荒い呼吸を整えながら、凛とした立ち姿で、まだ呆然としている16人の観客たちへ向けて、ゆっくりと、勝利を告げるように手を振った。
その毅然とした、神々しいまでの全裸の立ち姿に、観客たちは射精という敗北の余韻を抱えたまま、ただ打ちのめされたように彼女を見送った。
サラはそのまま、静かに楽屋へと戻った。
重い扉が閉まり、外界の視線が遮断された瞬間、彼女は待機していた黒崎の胸へと崩れるように飛び込んだ。
「……ハァッ、ハァッ……エドワード……帰ってきたわ……」
黒崎は海水に濡れた彼女の体を、壊れ物を扱うように、それでいて二度と離さないという強さで抱きしめた。
「ああ、よく戻った、サラ。完璧なフィナーレだ」
黒崎は彼女の濡れた髪をかき上げ、深く、熱いキスを交わした。
100メートルの底から生還した彼女の唇はまだ冷たく、しかしその内側は、再会の喜びで燃えるように熱かった。
劇場を支配する狂騒を余所に、楽屋の静寂の中で2人は、互いの心臓の鼓動を確かめ合うように、いつまでも抱き合い、唇を重ね続けていた。
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