「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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第4章 人魚の弔鐘

4-5.エリザベスの消せない記憶

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エリザベスには、いまだに頭から離れない光景がある。白石の秘書だった頃、ニューカレドニア本島への出張時に目撃した惨劇が鮮明に蘇る。

あの日。
ニューカレドニア本島の北の街マラボウ。
マラボウでの極秘会合のため、社長秘書として白石のプライベートジェットの革張りシートに座っていたエリザベスは、プム・マラボウの飛行場に着くや否や白石から別邸の鍵を投げ渡された。

「お前は別荘で待ってろ。ついてくるな」

「え、ちょっと……」

という間もなく、白石は部下を連れて街へ向かった。
1人残されたエリザベスは、タクシーで本島のさらに北にあるティアベという町にある別邸へと向かった。
ここに来るのは3回目だ。

別邸の入り江には、白石ご自慢の超高速ヨットが静かに停泊していた。
入り江の沖合30メートルほどの海底5メートルのところには、長さ60メートルの天然の珊瑚トンネルがあり、そこは地元の子供たちの遊び場になっていた。
トンネルといっても穴だらけなので、逃げ道はある。

前回来たのは先月の日曜日だった。地元の漁師や子供たちが見守る中、彼女はトンネルを最後まで潜り抜けた。
また、水面でシンクロ特有の華やかな脚技を繰り出す。
その異次元の泳ぎに、入り江は拍手喝采に包まれた。
白石もその時は笑顔で、誇らしげに元アスリートの彼女を迎えてくれたものだ。

しかし、今日は平日の午前。
人影はない。
彼女は部屋でトレードマークの星条旗ビキニに着替えると、ヨットの先端、高さ3メートルの位置に立った。
あたりを見渡し、誰もいないことがわかると、1人微笑み、ビキニの紐を解いた。

ビキニが柵にかかる。
全裸の肢体が陽光を浴び、彼女は一陣の風のように海へと飛び込んだ。


目標はトンネル入口まで20メートル、そこから続く60メートルの暗渠。
合計80メートル超の無呼吸航行だ。

潜行を開始すると、広背筋が波打ち、強靭な大腿四頭筋が爆発的な推進力を生む。
トンネルに突入した瞬間、水圧が肋骨を締め上げ、肺を野球ボール大に圧縮する。
血中の二酸化炭素濃度が跳ね上がり、横隔膜が激しく痙攣し、喉の奥が空気を求めて絶叫する。

筋肉は乳酸で焼けつくように熱い。
それでも、彼女は出口の光へと自分を押し出した。

「ふあぁっ!」

80メートルの無呼吸潜水を達成した。水面に顔を出し、仰向けに浮かんで抜けるような青空を仰いだ。

(……最高。いっそここに永住しようかな)

そんな平穏は、遠く陸地に見えた黒塗りの車影に打ち砕かれた。
白石が帰ってきたのだ。

「え?もう帰ってきた。早くない?」

彼女はシンクロ選手らしい滑らかなフォームで、水面を乱すことなく、潜水、一度も顔を上げることなくヨットに近づく。
水中にエンジン音が鳴り響く。
エリザベスがヨット辿り着いたとき、ヨットが動き出した。

「きゃっ!」

エリザベスは死に物狂いで縄梯子を掴み取った。
全裸の肢体に凄まじい水圧が襲いかかり、海面を引きずられながらも、彼女は野生動物のような執念で甲板へと這い上がる。

震える手で柵に掛けていた水着をひったくり、窓から船内へと滑り込んだ。
そこで初めて彼女の目に飛び込んできたのは、操舵輪を握る見知らぬ女の背中だった。

潮風にさらされて少し褪せた茶色の髪。
それが海風に踊るたび、鮮烈なライムグリーンの紐ビキニに縁取られた褐色の肌が露わになる。

女が舵を切るたびに、背中の広背筋が彫刻のように隆起し、極限まで高められた心肺機能が、深く、静かな呼吸を刻んでいる。

その野生味あふれるワイルドな佇まいに、白石はどこか恍惚とした視線を送っていた。
彼はこの年上の美女を、ひどく気に入っているようだった。

そこから、静かな「処刑の航海」が始まった。
ヨットがティアベの沖合で停船すると、鏡のような海面を切り裂いて黒塗りのモーターボートが接近してきた。
接舷と同時に、ぐったりとした全裸の金髪女性――サラが、男たちの手によって家畜のように運び込まれる。

白石は無機質な視線のまま、サラの透き通るような細い手足に、重く冷たい鉄鎖を幾重にも巻き付けていった。
カチリ、カチリ。
金属が擦れ合う乾いた音が、逃げ場のない洋上に不気味に響き渡る。

20分ほどが過ぎただろうか。
エンジンの低いうなりと、船底を撫でていく水音だけが単調に続く。

水平線はどこまでも変わらず、白石は居心地の悪さを誤魔化すように周囲を見回した。
しびれを切らし、白石が声を上げる。

「まだ着かないのか?この辺でいいじゃないか」

その言葉に、操舵席に立つ女がふと手を止めた。
ライムグリーンの紐ビキニ姿で振り返り、茶色の髪をかき上げる。
その仕草一つで、甲板の空気がひりついた。

低く、掠れた声が潮風に溶ける。

「甘いわね」

視線を前方の海に据えたまま、女船長は続けた。

「いま、この近海じゃ合同軍事演習の真っ最中よ。哨戒艇に輸送艦、空にはヘリ……船の出入りが激しいわ」

遠くでは、かすかに重低音の振動が空気を震わせている。確かに、この海は静かすぎるほど騒がしかった。

「目的地は――アール島の西側」

女は顎で暗い海域を示す。

「あそこなら、演習の喧騒に紛れて人目につかない。追われる側には、ちょうどいい裏道よ」

短い沈黙のあと、白石は小さく息を吐いた。
彼女の低い声と断定的な口調に、反論する気は削がれていた。

「……おお、まかせるよ」

そう答えるのが精一杯だった。
目指すアール島西側は、海の色が突如として紺青から漆黒へと塗り潰される、断崖絶壁の海底「ドロップオフ」だ。光さえ届かぬ深淵の入り口。

航海の途中、鉄鎖の冷たさとエンジンの不快な振動で、サラは微かに意識を取り戻した。
朦朧とした意識の中で、彼女は己が重厚な鉄の蛇に縛り付けられ、自由を完全に奪われていることを悟る。
喉を鳴らし、何かを訴えようと白石を見上げるが、男はただ氷のような冷たい目で見下ろすだけだった。

やがて、女船長が座標を確認しながら慎重に船をすすめ、静かにエンジンを止めた。
そこは、穏やかな海面の下に、巨大な奈落がその口を大きく開けて待っている絶望の座標だった。

白石は満足げに、そして酷薄に微笑んだ。
怯え、震えるサラの耳元で、彼は愛を囁くような甘い声で死の宣告を落とした。

「さようなら、可愛い人魚ちゃん。君には深海がお似合いだ」

次の瞬間、数人の男たちがサラの肉体を海へと突き落とした。
ドボン、という重い音と共に、鎖に縛られた彼女は水面下へと没していく。

重力と鉄の重みに引かれ、彼女は一瞬で青白い世界から暗黒の底へと引きずり込まれた。
水深40メートル。
光さえ届かぬ奈落へ、一筋の泡の鎖を残して消えていく。

窓の陰で、もがくサラの指先が深い紺碧へと溶けていくのを見ていたエリザベスは、自分の喉が塞がるような感覚に襲われ、ただ震え続けた。

女船長はサラが落ちた海面を見つめていた。

(どうか気づいて、フェアリー、この下には……)


午後3時、超高速ヨットが白石の別邸付近までやってきた。
そのとき、エリザベスが、窓から飛び出し、海に飛び込んだ。
ライムグリーンの女船長はそれを運転席のミラーで見た。

(あら?ねずみが一匹、隠れていたのね)

エリザベスは岸まで泳ぎ、砂浜から別邸に入り、すぐシャワー室にかけこんだ。
さっき見た殺人の光景が頭から離れず、震えが止まらなかった。


白石が帰ってきたのは、夜だった。
その夜、ティアベの天には禍々しいほどに輝く満月が昇り、入り江を銀色に染め上げていた。

白石は何事もなかったかのようにエリザベスを誘った。
白石は、1分も潜っていられない。

彼は自ら水面に顔を出し、エリザベスの腰を支えて水中へ沈めた。
エリザベスは水中で鮮やかに身体を翻した。
逆さまの姿勢で白石の細い腰に抱きつくと、股関節を180度開脚させ、自らの秘部を白石の顔へと押し付けた。

白石がその局部を貪るように舐め上げ、エリザベスは水中で息を止め、逆さまのまま白石のものを深く咥え込んだ。
銀色の気泡が2人の肌を掠めて昇っていく。

5分が経過し、エリザベスの肺が限界に達し、意識が白濁し始めたその瞬間。
あろうことか、白石は彼女の口内に熱い奔流を放った。
エリザベスが水面に顔を出すと、白石は、

「あ、悪いな。いっちゃった」

エリザベスは口に残る生臭い感覚に、激しい嫌悪感を覚えた。

(……まるで、風俗嬢か、AV女優みたい。これが最後よ、この殺人鬼に従うのは)

白石が満足げに別邸へと戻っていく背中を見送りながら、彼女は大きく息を吸い込むと、もう一度、銀の光が差し込む珊瑚トンネルへと潜っていった。
穢された自分を、水の冷たさで清めるかのように。

数日後のパーティ。
白石は早くも次の獲物を口説いていた。
「サリー」と名乗る、黒髪ショートで眼鏡をかけた女。

どれほど眼鏡で顔を隠し、サリーと名乗ろうとも、その立ち居振る舞いや肌が放つ独特の「水の気配」までは欺けなかった。エリザベスは直感した。

(あの女……死の淵から這い上がってきたんだわ)

一方で白石もまた、無意識のうちにその「死の香り」に引き寄せられていた。
殺したいほど愛したサラの雰囲気を醸し出すその女を、彼は運命に導かれるように口説き落とした。
エリザベスは、ベランダから2人が乗った豪華クルーザーが夜の海へ滑り出していくのを、凍てつく殺意で見送った。

現在は、アール島で何食わぬ顔して暮らしている黒崎とサラ。

(私は知っている。決定的な証拠なんかなくても、犯人はサラよ)

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