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第4章 人魚の弔鐘
4-13.裏切りの予兆
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紺碧の静寂を切り裂き、サラは出口へと加速した。
しかし、確信を持って伸ばした指先が触れたのは、柔らかな水ではなく、拒絶を具現化したような無機質な「壁」だった。
(な――嘘でしょ!?)
透明なアクリル板。
ドローンによって固定されたその障壁は、出口を完全に閉鎖していた。
もがくように板を押すが、巨大な水圧を味方につけた壁は、嘲笑うかのように微塵も動かない。
肺胞の奥で、残存酸素が二酸化炭素へと急速に変換されていく。
心拍数は警鐘のように跳ね上がり、血液は酸素を求めて筋肉の末端へと悲鳴を上げながら送り出された。
サラは翻り、本能が命ずるままに入口へと全力でキックを放つ。
入口付近、薄らと光の差し込む境界線に、その影は立っていた。
そこにいたのは、一切の装備を脱ぎ捨てたエリザベスだった。
一糸纏わぬその肢体は、極限まで研ぎ澄まされた戦闘機械のようだった。
広背筋は岩のように隆起し、酸素缶によって極限まで膨らんだ肺が、その豊かな胸部を内側から押し広げている。
サラは救いを求めるように彼女を見つめた。
だが、エリザベスの瞳に宿っていたのは、殺意ではなく、狂おしいほどの情念と反逆の意志だった。
(真上じゃない、あっちへ!)
エリザベスは声にならぬ叫びとともに、太陽の残光が斜めに射し込む方向――監視の網を逃れる、唯一の空白地帯を力強く指差した。
安藤への忠誠など、この深海では塵に等しい。
魂を震わせるライバルを殺すことなど、彼女の誇りが許さなかった。
エリザベスの全身の筋肉が、主君への裏切りという名の熱を帯び、硬質に脈打つ。
しかし、運命は残酷な追い打ちをかけた。
極限状態、そして病み上がりの身体が、ついに限界を超えたのだ。
サラの四肢から、瞬時にして力が抜けた。
しなやかに水を捉えていた大腿四頭筋は弛緩し、激しく酸素を求めていた肺の動きが止まる。
意識の火がふっと消え、彼女の瞳から光が失われた。
一切の抵抗を放棄したその美しい肉体は、重力と深淵の誘いに抗うことなく、局部を無防備に晒したまま、暗黒の底へと真っ逆さまに堕ちていく。
泡一つ立てず、死の沈黙へと吸い込まれていくその姿を、エリザベスは戦慄とともに見つめていた。
しかし、確信を持って伸ばした指先が触れたのは、柔らかな水ではなく、拒絶を具現化したような無機質な「壁」だった。
(な――嘘でしょ!?)
透明なアクリル板。
ドローンによって固定されたその障壁は、出口を完全に閉鎖していた。
もがくように板を押すが、巨大な水圧を味方につけた壁は、嘲笑うかのように微塵も動かない。
肺胞の奥で、残存酸素が二酸化炭素へと急速に変換されていく。
心拍数は警鐘のように跳ね上がり、血液は酸素を求めて筋肉の末端へと悲鳴を上げながら送り出された。
サラは翻り、本能が命ずるままに入口へと全力でキックを放つ。
入口付近、薄らと光の差し込む境界線に、その影は立っていた。
そこにいたのは、一切の装備を脱ぎ捨てたエリザベスだった。
一糸纏わぬその肢体は、極限まで研ぎ澄まされた戦闘機械のようだった。
広背筋は岩のように隆起し、酸素缶によって極限まで膨らんだ肺が、その豊かな胸部を内側から押し広げている。
サラは救いを求めるように彼女を見つめた。
だが、エリザベスの瞳に宿っていたのは、殺意ではなく、狂おしいほどの情念と反逆の意志だった。
(真上じゃない、あっちへ!)
エリザベスは声にならぬ叫びとともに、太陽の残光が斜めに射し込む方向――監視の網を逃れる、唯一の空白地帯を力強く指差した。
安藤への忠誠など、この深海では塵に等しい。
魂を震わせるライバルを殺すことなど、彼女の誇りが許さなかった。
エリザベスの全身の筋肉が、主君への裏切りという名の熱を帯び、硬質に脈打つ。
しかし、運命は残酷な追い打ちをかけた。
極限状態、そして病み上がりの身体が、ついに限界を超えたのだ。
サラの四肢から、瞬時にして力が抜けた。
しなやかに水を捉えていた大腿四頭筋は弛緩し、激しく酸素を求めていた肺の動きが止まる。
意識の火がふっと消え、彼女の瞳から光が失われた。
一切の抵抗を放棄したその美しい肉体は、重力と深淵の誘いに抗うことなく、局部を無防備に晒したまま、暗黒の底へと真っ逆さまに堕ちていく。
泡一つ立てず、死の沈黙へと吸い込まれていくその姿を、エリザベスは戦慄とともに見つめていた。
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