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第4章 人魚の弔鐘
4-14.深淵の抱擁
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(サラ!!)
エリザベスは声にならない叫びを上げ、サラの脚を必死に掴んだ。
だが、筋肉の塊であるサラの身体は、水中では重い錨となって彼女を引きずり込む。
酸素を充填していたはずのエリザベスの肺も、深すぎる水圧で限界を迎えつつあった。
(もういい……サラ、私も一緒に行くわ……)
安藤と事前打ち合わせしたときに見た海図によれば、この付近の深度は90メートルを超える。
いまから浮上しても、とても間に合わないと覚悟を決めて眼を閉じた瞬間、温かな肉体が彼女を包み込んだ。
色黒の逞しい身体 --- フィンとマスクつけた黒崎だった。
彼はエリザベスの手からサラを強引に引き剥がした。
サラの身体はそのまま海底へ沈んでいく。
(嫌!ダメ!サラを見捨てないで!)
水中で叫ぶエリザベスを、黒崎は強く抱きしめ、凄まじい脚力で浮上を開始した。
船室のモニターに映る深藍の世界。
安藤が放った水中ドローンが捉えた映像は、ゆらゆらと揺れる光の中、サラの身体が静かに暗闇へと溶けていく様を克明に映し出していた。
「ハハ……ハハハッ……!」
安藤の唇が歪んだ。抑えきれない笑いが、低く、そして次第に高く船室に響く。
彼はモニターに前のめりになり、指でサラの沈む影をなぞった。
「遂にだ……遂にあの女が消える。これで邪魔者は……」
しかし、笑みが一瞬で引き締まる。
目つきが鋭く変わった。まだ水の中に残る2人 --- エリザベスと黒崎。奴らが浮上すれば、計画にほころびが生じる。
安藤はくるりと背を向け、部下へ向かって一言、冷徹に命じた。
「2人が浮いてきたら、即座に始末しろ。波に消えても、誰も気にしない --- 『事故』で片付けてしまえ」
部下がうなずくのを確認すると、安藤は再びモニターへ視線を戻した。
青い画面に映るサラの最後の泡が、ゆっくりと消えていく。
彼は静かに、しかし確かな満足を胸に、目を細めた。
黒崎は、意識が白濁するエリザベスの唇を奪い、彼は自身の肺にある貴重な酸素を、熱い口づけと共に注入した。
数分後。
水面に顔を出した2人。
エリザベスは安藤の船に捕まることを覚悟した。
しかし、そこにいたのは警察の巡視船と、ヘンリーが手配した救助隊だった。
エリザベスは黒崎の首にしがみつき、震える手で時計を見た。サラが潜行を開始してから、もうすぐ14分になろうとしている。
通常の人間なら脳死に至り、フリーダイビングの世界記録さえ遥かに超えたその時間は、生物学的な死を意味していた。
彼女の目にみるみる涙が浮かび、そして、子供のように声を上げて号泣した。
「ごめんなさい、黒崎さん……ごめんなさい! わたし、サラを死なせちゃった……! 私が安藤なんかに……!本当にごめんなさい……!」
「エリザベスは悪くない!ああするしかなかったんだ。でないとみんな溺れていた」
号泣するエリザベスを優しく抱きしめる黒崎。
絶望に打ちひしがれ、しばらく彼女の嗚咽だけが辺りに響き渡る。
エリザベスは声にならない叫びを上げ、サラの脚を必死に掴んだ。
だが、筋肉の塊であるサラの身体は、水中では重い錨となって彼女を引きずり込む。
酸素を充填していたはずのエリザベスの肺も、深すぎる水圧で限界を迎えつつあった。
(もういい……サラ、私も一緒に行くわ……)
安藤と事前打ち合わせしたときに見た海図によれば、この付近の深度は90メートルを超える。
いまから浮上しても、とても間に合わないと覚悟を決めて眼を閉じた瞬間、温かな肉体が彼女を包み込んだ。
色黒の逞しい身体 --- フィンとマスクつけた黒崎だった。
彼はエリザベスの手からサラを強引に引き剥がした。
サラの身体はそのまま海底へ沈んでいく。
(嫌!ダメ!サラを見捨てないで!)
水中で叫ぶエリザベスを、黒崎は強く抱きしめ、凄まじい脚力で浮上を開始した。
船室のモニターに映る深藍の世界。
安藤が放った水中ドローンが捉えた映像は、ゆらゆらと揺れる光の中、サラの身体が静かに暗闇へと溶けていく様を克明に映し出していた。
「ハハ……ハハハッ……!」
安藤の唇が歪んだ。抑えきれない笑いが、低く、そして次第に高く船室に響く。
彼はモニターに前のめりになり、指でサラの沈む影をなぞった。
「遂にだ……遂にあの女が消える。これで邪魔者は……」
しかし、笑みが一瞬で引き締まる。
目つきが鋭く変わった。まだ水の中に残る2人 --- エリザベスと黒崎。奴らが浮上すれば、計画にほころびが生じる。
安藤はくるりと背を向け、部下へ向かって一言、冷徹に命じた。
「2人が浮いてきたら、即座に始末しろ。波に消えても、誰も気にしない --- 『事故』で片付けてしまえ」
部下がうなずくのを確認すると、安藤は再びモニターへ視線を戻した。
青い画面に映るサラの最後の泡が、ゆっくりと消えていく。
彼は静かに、しかし確かな満足を胸に、目を細めた。
黒崎は、意識が白濁するエリザベスの唇を奪い、彼は自身の肺にある貴重な酸素を、熱い口づけと共に注入した。
数分後。
水面に顔を出した2人。
エリザベスは安藤の船に捕まることを覚悟した。
しかし、そこにいたのは警察の巡視船と、ヘンリーが手配した救助隊だった。
エリザベスは黒崎の首にしがみつき、震える手で時計を見た。サラが潜行を開始してから、もうすぐ14分になろうとしている。
通常の人間なら脳死に至り、フリーダイビングの世界記録さえ遥かに超えたその時間は、生物学的な死を意味していた。
彼女の目にみるみる涙が浮かび、そして、子供のように声を上げて号泣した。
「ごめんなさい、黒崎さん……ごめんなさい! わたし、サラを死なせちゃった……! 私が安藤なんかに……!本当にごめんなさい……!」
「エリザベスは悪くない!ああするしかなかったんだ。でないとみんな溺れていた」
号泣するエリザベスを優しく抱きしめる黒崎。
絶望に打ちひしがれ、しばらく彼女の嗚咽だけが辺りに響き渡る。
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