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第4章 人魚の弔鐘
4-16.それぞれの深淵へ
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サラの家のリビング。
窓の外には安藤が連行された後の静かな海が広がり、室内には心地よい潮風が吹き抜けていた。
しかし、その穏やかな空気とは裏腹に、ソファの一角には異様な緊張感が漂っている。
「これって、おかしいですよね? 普通じゃないですよね? 僕、間違ってます……?」
ヘンリー・西谷は、手にしたアイスティのグラスを震わせながら、真っ赤な顔で俯いていた。
彼の向かいには、黒崎、サラ、そしてエリザベスの3人が座っている。3人は当然のように一点の曇りもない全裸だ。
「ヘンリー、何を動揺している。ここは俺の島で、この島のスタイルだ。お前も暑いなら脱げばいい」
黒崎が事も無げに言う。
その横では、サラが長い脚を組み、柔らかな肢体を惜しげもなく晒してヘンリーに微笑みかけた。
「あの、ぼくもこの島の住人なんですけど……、そんなスタイル聞いたことないし……」
サラが言う。
「ヘンリー。あなたのおかげで、私たちはこうして生きていられるの。リラックスして」
「これ、1回やると病みつきよ!もう洋服来たくないもん……ヘンリー、あなたも……」
エリザベスも、都会の秘書としての鎧を脱ぎ捨て、解放感に満ちた肌を赤らめながら追従する。
「無理です! ホワイトキャットのファイアウォールを破るより、今ここを直視する方が何倍もハードコアですよ!」
ヘンリーの叫びに、一同大笑い。
黒崎は不敵に笑った。
「ところでヘンリー、お前が暴いた安藤の不正融資の証拠……あれを元に、ホワイトキャットを我々で買い占めるぞ。企業買収だ」
もともと隠居を決めていた黒崎だったが、これにはサラの強い勧めがあった。
「やっぱり、私はビジネスをしてる時のエドワードが一番好きなの。この島からだって、仕事はできるでしょう?」
サラのその言葉に、黒崎は再び表舞台へ戻る決意を固めたのだ。
すると、エリザベスが少し寂しげな、しかし晴れやかな表情で口を開いた。
「黒崎さん、サラ。実は私、ニューヨークの会計事務所への就職が決まったの。安藤のスパイをしながら、密かに次の道を探していたのよ」
「ニューヨーク?」
と驚く黒崎に、エリザベスは茶目っ気たっぷりに笑った。
「ネットで知り合った男性がいてね、何度か会ううちに良いかもって思い始めて。……実は彼も、水中プレイが大好きみたいで! だから、もう毎週のようにこの島には来られないわ」
「あら、それは残念ね。でも、最高のパートナーが見つかったのならお祝いしなきゃ」
サラがエリザベスの肩を抱く。かつて深海で分かちあった2人の女王は、今や本当の友として笑い合っていた。
この異様な空間に、いてもたってもいられなくなったヘンリーは
「あの、おれ、用事があるんで」
とそそくさと退散した。
黒崎が「またな」と笑って見送ると、リビングには再び3人の濃密な時間が訪れた。
「さて……。エリザベスが旅立つ前に、今夜は『酸素缶』なんて無粋なものは無しで潜ろう。自分たちの肺と、魂だけで」
黒崎の言葉に、サラとエリザベスは顔を見合わせ、満足げに微笑んだ。2人の女王は、誘われるように黒崎の両脇に寄り添う。
「ええ、エドワード。今日はどこまででも、あなたの深淵についていくわ」
「私も……最後に、思い切りあなたに沈められたい」
3人の影は、真上から降りそそぐ陽光にくっきりと伸び、湾岸へと続く桟橋の上でゆるやかに重なり合った。
潮風に揺れる光の粒が、まるで彼らの前途を照らす道標のようにきらめきながら海面を走っていく。
ビジネスの世界への再降臨――
それは眩しい午後の光の中で、確かな輪郭を取り戻しつつある未来だった。
そして、新しい人生への旅立ちでもあった。
それぞれが目指す“深淵”は違う。
しかし彼らの絆は、たとえ真昼の海がどれほど透明でも見通せない、
あの水深90メートルの闇よりなお深く、静かに結ばれていた。
窓の外には安藤が連行された後の静かな海が広がり、室内には心地よい潮風が吹き抜けていた。
しかし、その穏やかな空気とは裏腹に、ソファの一角には異様な緊張感が漂っている。
「これって、おかしいですよね? 普通じゃないですよね? 僕、間違ってます……?」
ヘンリー・西谷は、手にしたアイスティのグラスを震わせながら、真っ赤な顔で俯いていた。
彼の向かいには、黒崎、サラ、そしてエリザベスの3人が座っている。3人は当然のように一点の曇りもない全裸だ。
「ヘンリー、何を動揺している。ここは俺の島で、この島のスタイルだ。お前も暑いなら脱げばいい」
黒崎が事も無げに言う。
その横では、サラが長い脚を組み、柔らかな肢体を惜しげもなく晒してヘンリーに微笑みかけた。
「あの、ぼくもこの島の住人なんですけど……、そんなスタイル聞いたことないし……」
サラが言う。
「ヘンリー。あなたのおかげで、私たちはこうして生きていられるの。リラックスして」
「これ、1回やると病みつきよ!もう洋服来たくないもん……ヘンリー、あなたも……」
エリザベスも、都会の秘書としての鎧を脱ぎ捨て、解放感に満ちた肌を赤らめながら追従する。
「無理です! ホワイトキャットのファイアウォールを破るより、今ここを直視する方が何倍もハードコアですよ!」
ヘンリーの叫びに、一同大笑い。
黒崎は不敵に笑った。
「ところでヘンリー、お前が暴いた安藤の不正融資の証拠……あれを元に、ホワイトキャットを我々で買い占めるぞ。企業買収だ」
もともと隠居を決めていた黒崎だったが、これにはサラの強い勧めがあった。
「やっぱり、私はビジネスをしてる時のエドワードが一番好きなの。この島からだって、仕事はできるでしょう?」
サラのその言葉に、黒崎は再び表舞台へ戻る決意を固めたのだ。
すると、エリザベスが少し寂しげな、しかし晴れやかな表情で口を開いた。
「黒崎さん、サラ。実は私、ニューヨークの会計事務所への就職が決まったの。安藤のスパイをしながら、密かに次の道を探していたのよ」
「ニューヨーク?」
と驚く黒崎に、エリザベスは茶目っ気たっぷりに笑った。
「ネットで知り合った男性がいてね、何度か会ううちに良いかもって思い始めて。……実は彼も、水中プレイが大好きみたいで! だから、もう毎週のようにこの島には来られないわ」
「あら、それは残念ね。でも、最高のパートナーが見つかったのならお祝いしなきゃ」
サラがエリザベスの肩を抱く。かつて深海で分かちあった2人の女王は、今や本当の友として笑い合っていた。
この異様な空間に、いてもたってもいられなくなったヘンリーは
「あの、おれ、用事があるんで」
とそそくさと退散した。
黒崎が「またな」と笑って見送ると、リビングには再び3人の濃密な時間が訪れた。
「さて……。エリザベスが旅立つ前に、今夜は『酸素缶』なんて無粋なものは無しで潜ろう。自分たちの肺と、魂だけで」
黒崎の言葉に、サラとエリザベスは顔を見合わせ、満足げに微笑んだ。2人の女王は、誘われるように黒崎の両脇に寄り添う。
「ええ、エドワード。今日はどこまででも、あなたの深淵についていくわ」
「私も……最後に、思い切りあなたに沈められたい」
3人の影は、真上から降りそそぐ陽光にくっきりと伸び、湾岸へと続く桟橋の上でゆるやかに重なり合った。
潮風に揺れる光の粒が、まるで彼らの前途を照らす道標のようにきらめきながら海面を走っていく。
ビジネスの世界への再降臨――
それは眩しい午後の光の中で、確かな輪郭を取り戻しつつある未来だった。
そして、新しい人生への旅立ちでもあった。
それぞれが目指す“深淵”は違う。
しかし彼らの絆は、たとえ真昼の海がどれほど透明でも見通せない、
あの水深90メートルの闇よりなお深く、静かに結ばれていた。
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