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第5章 緋色の龍宮(饗宴)
5-5.因縁の海域
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真昼の暴力的な太陽が、絶海の孤島を白く焼き尽くそうとしていた。
黒崎に言われて、サラは一切の枷を脱ぎ捨て、全裸で海へと身を投じていた。
島の外周を反時計回りに進むその肢体は、波間に躍る陽光を反射し、まるで水銀の糸を引くように滑らかだ。
2キロメートルに及ぶ長距離遊泳を経て、彼女の肉体は島の西側へと到達した。
そこは、荒々しい自然が剥き出しになった「忌まわしき海域」である。
視界の先には、高さ15メートルに及ぶ断崖絶壁が、ナイフで削り取られたような鋭利さで垂直にそびえ立っている。
そのすぐ隣、不自然なほど静まり返った入江が、深い藍色の口を広げていた。
(……あそこを、あのアジアの龍が「宮殿」にするというのね)
サラは入江の静寂を背に、さらに沖へと向かった。海面の色はエメラルドから濃紺へ、そして底の見えない漆黒へとグラデーションを描いて深まっていく。
波間に浮上した彼女は、真昼の熱い空気を肺の最深部まで吸い込んだ。
横隔膜が限界まで押し下げられ、胸腔が大きく拡張する。
それが、深淵へのダイブを開始する合図だった。
頭から垂直に、彼女は水底へと突き進んだ。
水深10メートル。
まだ陽光の槍が届く層を突き抜ける。
水深20メートル。
周囲の色彩は完全に失われ、圧倒的な水圧が彼女の全身を愛撫するように、しかし確実に締め上げ始める。
肺胞の中の空気は極限まで圧縮され、肋骨は内側へと軋むような音を立てる。
その物理的な負荷が、封印していた忌まわしき記憶を呼び覚ます。
かつてこの海域で、彼女の手足に深く食い込んだ重い鎖の冷徹な感触。
酸素を奪われ、視界が赤黒く染まっていく中で味わった「死」の抱擁。だが、今のサラは以前の弱き獲物ではない。
彼女の心肺機能は、驚異的な適応を見せていた。
副交感神経が優位となり、心拍数は極限まで低下。
酸素消費を最小限に抑えながらも、脳と主要な筋肉には優先的に熱い血液が送り込まれる。
恐怖は排除すべきノイズではなく、海の一部として、あるいは自らの拍動の一部として、静かに細胞へと溶け込ませていた。
迷いのないストロークが、彼女をさらなる深みへと誘う。
ついに到達した水深40メートル。
太陽の光も届かぬ、永遠の黄昏が支配する海底の砂地。
サラはしなやかな指先を鋭く立て、その冷たい砂に深く突き立てた。
かつて自分を飲み込もうとした奈落の主権を、今度は自らの意志で掌握し、確かめるようにゆっくりと遊泳する。
鍛え上げられた広背筋が、潮流に抗って大蛇のようにうねる。大腿四頭筋は爆発的な力を秘めたまま、水圧を切り裂くフィンとなって機能する。
かつて、ここで死を待つことしか許されなかった無力な少女は、今やこの暗黒の底で誰よりも自由自在に、そして残酷なまでに美しく舞う「主」へと変貌を遂げていた。
絶望の地で味わう、絶対的な自由。
そのあまりにも皮肉な、背徳的ともいえる快楽が、彼女の脊髄を痺れさせた。
内臓を押し潰す水圧さえも、今は心地よい抱擁にしか感じられない。
サラは海底の砂を、爆発的な脚力で力強く蹴り上げた。
舞い上がった砂塵が、深海の闇に一瞬の銀河を描き出す。
彼女の肉体は、水面を貫く一条の陽光に向かって、弾丸のような速度で、かつてない昂揚と共に再浮上を開始した。
黒崎に言われて、サラは一切の枷を脱ぎ捨て、全裸で海へと身を投じていた。
島の外周を反時計回りに進むその肢体は、波間に躍る陽光を反射し、まるで水銀の糸を引くように滑らかだ。
2キロメートルに及ぶ長距離遊泳を経て、彼女の肉体は島の西側へと到達した。
そこは、荒々しい自然が剥き出しになった「忌まわしき海域」である。
視界の先には、高さ15メートルに及ぶ断崖絶壁が、ナイフで削り取られたような鋭利さで垂直にそびえ立っている。
そのすぐ隣、不自然なほど静まり返った入江が、深い藍色の口を広げていた。
(……あそこを、あのアジアの龍が「宮殿」にするというのね)
サラは入江の静寂を背に、さらに沖へと向かった。海面の色はエメラルドから濃紺へ、そして底の見えない漆黒へとグラデーションを描いて深まっていく。
波間に浮上した彼女は、真昼の熱い空気を肺の最深部まで吸い込んだ。
横隔膜が限界まで押し下げられ、胸腔が大きく拡張する。
それが、深淵へのダイブを開始する合図だった。
頭から垂直に、彼女は水底へと突き進んだ。
水深10メートル。
まだ陽光の槍が届く層を突き抜ける。
水深20メートル。
周囲の色彩は完全に失われ、圧倒的な水圧が彼女の全身を愛撫するように、しかし確実に締め上げ始める。
肺胞の中の空気は極限まで圧縮され、肋骨は内側へと軋むような音を立てる。
その物理的な負荷が、封印していた忌まわしき記憶を呼び覚ます。
かつてこの海域で、彼女の手足に深く食い込んだ重い鎖の冷徹な感触。
酸素を奪われ、視界が赤黒く染まっていく中で味わった「死」の抱擁。だが、今のサラは以前の弱き獲物ではない。
彼女の心肺機能は、驚異的な適応を見せていた。
副交感神経が優位となり、心拍数は極限まで低下。
酸素消費を最小限に抑えながらも、脳と主要な筋肉には優先的に熱い血液が送り込まれる。
恐怖は排除すべきノイズではなく、海の一部として、あるいは自らの拍動の一部として、静かに細胞へと溶け込ませていた。
迷いのないストロークが、彼女をさらなる深みへと誘う。
ついに到達した水深40メートル。
太陽の光も届かぬ、永遠の黄昏が支配する海底の砂地。
サラはしなやかな指先を鋭く立て、その冷たい砂に深く突き立てた。
かつて自分を飲み込もうとした奈落の主権を、今度は自らの意志で掌握し、確かめるようにゆっくりと遊泳する。
鍛え上げられた広背筋が、潮流に抗って大蛇のようにうねる。大腿四頭筋は爆発的な力を秘めたまま、水圧を切り裂くフィンとなって機能する。
かつて、ここで死を待つことしか許されなかった無力な少女は、今やこの暗黒の底で誰よりも自由自在に、そして残酷なまでに美しく舞う「主」へと変貌を遂げていた。
絶望の地で味わう、絶対的な自由。
そのあまりにも皮肉な、背徳的ともいえる快楽が、彼女の脊髄を痺れさせた。
内臓を押し潰す水圧さえも、今は心地よい抱擁にしか感じられない。
サラは海底の砂を、爆発的な脚力で力強く蹴り上げた。
舞い上がった砂塵が、深海の闇に一瞬の銀河を描き出す。
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