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第5章 緋色の龍宮(饗宴)
5-19.静寂の深淵
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中国・上海にある赤龍エンタープライズ本社、地下5階。
この階層は社内図面には存在せず、エレベーターの制御盤に特定の生体認証を通した者だけが辿り着ける聖域である。
重厚な防音扉の向こう側には、本社ビルの喧騒から切り離された、静謐で巨大な空間が広がっていた。
そこにあるのは、幅10メートル、水深10メートル、そして長さ50メートルに及ぶ、巨大な長方形のプールだ。
照明は極限まで落とされ、プールの底から放たれる青白いLEDだけが、水面を揺らめくサファイアのように照らし出している。
その青い闇の中を、1つの影が凄まじい速度で突き進んでいた。
全裸のリーである。
彼女は布地の抵抗すら嫌い、生まれたままの肢体でこのプライベート・プールを支配していた。
10メートルの深さを維持したまま、彼女の程よく日焼けした肉体は、力強いドルフィンキックで水を切り裂いていく。
リーは一度も浮上することなく、潜水のまま50メートルの長さを1往復半。合計150メートルに及ぶ無酸素潜行を、自らに課していた。
心臓が肋骨の内側を激しく叩き、肺が酸素を求めて飢餓状態に陥る。
脳内には火花が散り、意識が遠のきそうになる。
だが、リーはその苦痛を、自らが「海の支配者」であるための対価として受け入れていた。
「龍宮」を司る者が、生温い陸の空気だけに馴染むことは許されない。
彼女にとってこの潜水は、単なるトレーニングではなく、自身の魂を深海へと繋ぎ止める儀式だった。
バシャッ! という激しい音を立てて、リーが水面に顔を出した。
同時に、肺に溜まった濁った空気を一気に吐き出し、新鮮な酸素を貪り込む。
「プハーーッ……、苦しい……ッ!」
彼女はプールの縁を掴み、肩で激しく息をした。
濡れた黒髪が、引き締まった背中に張り付いている。
10メートルの水圧から解放された直後の開放感と、全身を駆け巡る酸素の熱。
「……4日。たった4日サボっただけで、この体たらく。また鍛え直さないと……」
リーは自嘲気味に呟きながら、荒い息を整えた。
最近は「龍宮」のグランドオープン準備に加え、蒼溟重工による執拗な妨害工作、さらには黒崎とサラの動向監視――。
多忙を極めるスケジュールが、彼女からこの「水の中の時間」を奪っていた。
彼女は濡れた指先で、モニターに表示された最新のバイタルデータを確認した。心拍数の戻りが、以前より数秒遅い。
「黒崎とサラは、今朝も30メートルの底で狂気を見せたというのに……私がこれでは、あの2人を飼い慣らすことなどできないわ」
リーは再び水中に視線を落とした。
その瞳には、先ほどの苦悶は消え、冷徹で野心的な光が戻っていた。
青白いLEDが深淵を照らすプールの底。リーが荒い息を整えていると、プールの端から重厚な機材の擦れる音が響いた。
静寂を破って現れたのは、背中に鈍く光るアクアラングを背負った、筋骨隆々たる全裸の黒人秘書、フランクだった。
彼の漆黒の肌はプールの照明を反射し、まるで黒曜石の彫像のような威圧感を放っている。
「フランク、今日もお願いするわ」
リーはまだ荒い呼吸のまま、彼を誘うように視線を送った。
「わかりました、社長。心拍数は既にピークですが、続行されますか?」
「……愚問よ」
リーは不敵に微笑むと、再び大きく息を吸い込み、音もなく水底へと滑り込んだ。
リーとフランクは、水深10メートルのタイル張りの底で、吸い付くように肢体を絡ませた。
フランクのレギュレーターから吐き出される銀色の気泡が、2人の肉体を包むカーテンのように上昇していく。
全裸のリーは、フランクが背負ったタンクから供給される空気を時折口移しで受け取りながら、浮力と水圧が入り混じる奇妙な無重力空間で、激しく腰を振った。
水の抵抗が、地上では味わえない重厚な快感へと変わる。
リーの程よく日焼けした肌が、フランクの漆黒の肌と擦れ合い、水中で一つの巨大な影を形成した。
フランクの力強い愛撫を受けながら、リーの意識は恍惚の中で、冷静に「次」のステップを計算していた。
(……黒崎たちは、今朝30メートルまで墜ちた。それに比べて、ここはまだ浅すぎるわ。この室内プール、いっそ地下をさらに掘り抜いて、水深30メートルまで改造しちゃおうかしら)
彼女の脳裏には、巨大なピストンがビルを貫き、さらに深く、地底の闇へと沈んでいく光景が浮かんでいた。
(……でも、もしこの秘密の改装がお父様にバレたら、さすがに大目玉を食らうわね。あの方はまだ、この場所をただの『非常用貯水槽』だと思い込んでいるのだから……)
親会社である赤龍公社の会長。
リーにとっては絶対的な権威であり、この「龍宮」計画の最大の出資者でもある父。
だが、娘がその地下で、秘書を相手に水中セックスを楽しみながら「自分だけの深海」を構築しているとは、夢にも思っていないだろう。
「んん……っ!」
リーはフランクの首にしがみつき、彼のマスク越しに見える無機質な瞳を睨みつけた。
心肺機能の限界値を示すアラートが、彼女の脳内で警鐘を鳴らしている。だが、その死の予感が、彼女の絶頂をさらに深いものへと押し上げた。
フランクは無言で彼女を抱き上げ、さらに深く、水底のタイルに押し付ける。
銀色の気泡が激しく舞い上がり、2人の視界を白く染めた。
このプールの底で、リーは王国の主としての欲望を、酸素と共に貪り続けていた。
水深10メートルの静寂の中で、リーはフランクの強靭な肉体を全身で享受していた。
フランクのそれは、一流の訓練を受けた兵士のように太く、そして鋼のように硬い。特筆すべきはその持続力だった。
浮力によって重力から解放された空間で、彼はリーの奔放な動きを完璧に受け止め、絶え間ない快楽を供給し続ける。
(結婚なんて窮屈な契約は御免だけど、セフレとしてのフランクは最高だわ……)
リーは心の中で悦に入っていた。
彼は口が堅く、有能で、そして何よりこの特殊な環境下で彼女を満足させられるだけの「武器」を持っている。
潜行から約8分後。極限まで2人の体温が混ざり合ったところで、一度水面へと浮上した。
激しい飛沫を上げ、リーは再び地上の酸素を肺いっぱいに吸い込む。
「はぁっ……、はぁっ……!」
肩で息をしながら、彼女は自分に突き刺さるフランクの無機質な視線を捉えた。
「フランク、次は、今みたいに空気(レギュレーター)を分けてもらわなくていいわ。むしろ、これからは自力でどこまでいけるか頑張ってみる」
口移しで空気を分け与えてもらう甘美な依存を捨て、自らの肺活量だけでこの深淵にどこまで留まれるか。
今の彼女には、その「死への距離」を測ることに強烈な興味が湧いていた。
リーは水面に浮かんだまま、フランクの腰のあたりをチラリと見た。
アクアラングを背負ったままの彼の「武器」は、まだ一向に衰える気配を見せず、むしろ獲物を待つ獣のようにますます硬く、太く反り繰り返っている。
「フランク、まだイッてないでしょ? ……もう1回よ」
リーは不敵に微笑むと、再び潜行を開始した。
今度は緩やかな潜行ではない。彼女はフランクに見えるように、わざと両脚を大きく開いた**「局部全開」の平泳ぎ**を披露した。
青白い水中照明に照らされ、しなやかに、そして野蛮に開閉される程よく日焼けした肢体。
その中心部が水流に洗われ、無防備に晒される光景は、理性的なフランクの目つきを瞬時に変えさせた。
水深5メートル、7メートル……。
リーが深く潜るにつれ、彼女を追うフランクのブツは、水圧をも跳ね返すような勢いでさらにその存在感を増していく。リーが振り返る。
(……次はもっと私を追い詰めてみなさい)
リーは自らの肺に残ったわずかな酸素の限界と、フランクの圧倒的な肉体美を天秤にかけながら、再びプールの底へとその身を沈めた。
今度の勝負は、空気が尽きるのが先か、それとも彼がその理性を爆発させるのが先か。
地下5階の秘密のプールで、リーの「実験」はより過激に加速していく。
脳漿が熱く煮えるような感覚が、リーを襲った。
肺は焼けるように収縮し、酸素を求める細胞ひとつひとつが叫び声を上げている。
水圧によって強制的に閉じ込められた二酸化炭素が、意識を濁った極彩色へと塗り替えていく。
「ッ……カハァッ!」
リーは弾かれたように水面を割り、荒い息を吐き出した。喉の奥から鉄の味がせり上がる。彼女は震える手でプールサイドのデジタルタイマーを仰ぎ見た。
【4:40】
「……っ、4分40秒? たった、それだけ……」
リーは悔しげに唇を噛み、濡れた拳で水面を叩いた。
黒崎とサラは、今朝、断崖からダイブして30メートルの深淵で5分以上愛し合ったという。
自分は、このコントロールされた安全なプールの水深10メートルで、5分も持たないのか。
「5分よ……。最低でも5分は潜らないと、あいつらと同じ土俵にすら立てないわ」
自分に言い聞かせるその声は、執念に満ちていた。
隣で浮上したフランクは、酸素ボンベのおかげで平然としたものだが、その股間では、いまだ猛り狂った「武器」が鈍い光を放ち、さらなる結合を求めて脈打っている。
「もう一回よ、フランク。……次は絶対に、私を離さないで」
リーは深く、深く、肺の隅々まで新鮮な酸素を送り込んだ。
横隔膜を押し下げ、限界まで空気を詰め込む。
そして、彼女は再び反転した。
水面を蹴ると同時に、彼女は再度わざとらしく両脚を水平に、最大限まで広げた。
局部を完全に晒した、挑発的な「大開脚」での潜水。
青白いライトに照らされたその最も柔らかな部分は、水流を受けて鮮やかに波打ち、追随するフランクの視界を狂わせる。
リーは背後でフランクのブツが、さらに太く、暴力的なまでに硬化していく気配を感じて、暗い悦びに浸った。
(見てなさい……今度こそ、死の淵まで連れて行ってあげる)
泡ひとつ立てず、しなやかな人魚のようにリーは再び深淵へと消えていく。
その開かれた脚の間へと、フランクが猛然と突き進む。
地下5階の静寂は、再び泡の音と、狂気を孕んだ水中セックスの渦に飲み込まれていった。
水深10メートルの底で、フランクは人知れず歓喜の極致にいた。
背負ったタンクから供給される安定した酸素、そして目の前で「局部全開」のまま自分を誘う、世界でも指折りの美貌を持つ若き女社長。
(こんなご褒美、他にあるか? 彼女は必死に無呼吸で耐えているが、こっちは楽なもんだ。この仕事だけは、何があっても辞められないわ……)
そんな不埒な思考を巡らせているうちに、ふと、絡み合うリーの肢体に異変が起きた。彼女の腹筋が硬く波打ち、全身が小刻みに、そして激しくピクピクと痙攣し始めたのだ。
酸欠による限界か、あるいは極限状態での快楽か。リーはそのまま、音のない絶叫を上げるようにフランクにしがみつき、絶頂を迎えた。
それと時を同じくして、フランクもまた、すべてを吐き出すようにフィニッシュ。
2人は水底のタイルに重なり合ったまま、静寂の中でしばらく動かなかった。
(フランク、そろそろいいわ、……ん? フランク?)
心地よい倦怠感の中で、リーはふと違和感を覚えた。
自分に覆いかぶさっているフランクの身体が、妙に重い。弛緩しきっている。
ふと彼の顔を見やると、驚くべきことに、フランクの口からはレギュレーターが外れ、目は白目を剥いていた。口から気泡の糸がゆらゆらと立ち上っていた。
(嘘でしょ……このバカ、自分も無呼吸でやってたの!?)
どうやら彼は、リーとの一体感に酔いしれるあまり、自らも酸素を断って情事に耽っていたらしい。
(ちょ、どいて……重い……苦しい、死ぬ……っ!)
意識を失い、文字通りの「巨躯」となったフランクに押し潰されそうになりながら、リーは必死に這い出し、浮上した。
壁のデジタルタイマーが、ぼやけた視界に飛び込んでくる。
【5:45】
「……あ、やったぁ! 5分超えた!」
一瞬、目標達成の喜びに浸ったリーだったが、すぐに青ざめた。
眼下で沈んでいるフランクは、ピクリとも動かない。
「あーもう、あのバカ! 」
彼女は再び水底へ潜り、意識不明のフランクの脇に腕を差し込んだ。
アクアラングを背負った大男を、全裸のまま水面まで引き上げるのは、過酷なセックスの後にはあまりに重労働だった。
(こいつ、本当に何してんのよ……っ!減給にしてやろうかしら!)
頭の中で悪態をつきながら、リーは火がつくように熱い肺の痛みに耐え、必死に水面を目指して泳いだ。
リーガフランクを伴ってようやく水面を割った時、彼女の体力は完全に底をついていた。
フランクをプールサイドに引き上げようと、リーが格闘していると、フランクは突然水を吐き出して意識を取り戻した。そして、申し訳なさそうに視線を伏せた。
「すいません……社長のあまりの美しさに魅了されて、つい、自分も同じ苦しみを味わいたいと……」
「もー、素人は無理しちゃダメよ。死んだら元も子もないでしょ」
リーは肩で息をしながら、濡れた髪をかき上げた。
ようやく訪れた静寂。
目標の5分もクリアした。
だが、ふと、ある「事実」が彼女の脳裏を雷鳴のように貫いた。
(……あれ? 今朝、私、ピル飲んだっけ? ……あれ? 飲んでないわ。昨日も一昨日も、忙しくて忘れてた……)
リーは自分の腹部にそっと手を当てた。
計算が正しければ、今日は周期的にかなり「危険」な日だ。
(……ヤバい。今のフランク、中(なか)に出さなかった……? 確か、出したわよね、思いっきり。……嘘でしょ、このタイミングで!?)
深海の王を目指し、5分45秒の無呼吸潜行に成功した女社長。
しかし、彼女を待ち受けていたのは、深海よりも予測不能で、コントロール不能な「生物学的危機」だった。
悩みと、狂気と、そして想定外の事態が尽きない、リー社長であった。
そのとき、プールサイドに置いてるリーの携帯電話からベルの音が鳴り響いた。
意識を取り戻し、まだ這いつくばるようにして荒い息をついているフランクを尻目に、リーは一糸纏わぬ肢体のまま、濡れた手で電話を取った。
「私よ……。報告を」
電話の主は、黒崎らの動向を24時間監視させている部下からだった。
電話から漏れる低い報告の声に、リーの口元がゆっくりと、愉悦を含んだ弧を描く。
『――林が帰った直後、黒崎とサラが家の中を徹底的に調べ始めました。リビングのチップは、先ほど完全に破壊された模様です』
「……そう。意外と早かったわね」
リーは全裸のまま、プールサイドに腰掛ける。
彼女が昨日、あの質素な家に仕掛けてきたのは、単なる盗聴器ではない。
2人のバイタルデータ、会話の機微、そして情愛の温度までもを「龍宮」の制御AIに学習させるための、最高級の観測デバイスだ。
「バレちゃったか」
彼女は独り言のように呟き、くすくすと笑った。
その笑い声は、地下5階の静謐な空間に反響し、どこか不気味な響きを持って消えていく。
隠し通すことなど最初から期待していない。
むしろ、自分の私生活を「観測」されていたと知った時の、あの2人の屈辱と怒り。
それが生む負のエネルギーこそが、深海という閉鎖空間における人間の精神状態を測るための、極上のサンプルになるのだ。
「……林も余計なことをしてくれたけど、おかげで2人の火がついたわね」
リーは電話を切ると、携帯電話を置いた。
まだ猛り立ったままのフランクのブツを冷ややかな目で見下ろし、彼女は再び自分の腹部に手をやった。
危険日の不安も、ライバル社の妨害も、すべてを飲み込んで飲み込んで肥大していくリーの野心。
彼女は濡れた髪から滴る雫を気にも留めず、再び青く光る水面を見つめた。その瞳には、すでにサラの家の「その先」にある、深海の玉座が映っていた。
この階層は社内図面には存在せず、エレベーターの制御盤に特定の生体認証を通した者だけが辿り着ける聖域である。
重厚な防音扉の向こう側には、本社ビルの喧騒から切り離された、静謐で巨大な空間が広がっていた。
そこにあるのは、幅10メートル、水深10メートル、そして長さ50メートルに及ぶ、巨大な長方形のプールだ。
照明は極限まで落とされ、プールの底から放たれる青白いLEDだけが、水面を揺らめくサファイアのように照らし出している。
その青い闇の中を、1つの影が凄まじい速度で突き進んでいた。
全裸のリーである。
彼女は布地の抵抗すら嫌い、生まれたままの肢体でこのプライベート・プールを支配していた。
10メートルの深さを維持したまま、彼女の程よく日焼けした肉体は、力強いドルフィンキックで水を切り裂いていく。
リーは一度も浮上することなく、潜水のまま50メートルの長さを1往復半。合計150メートルに及ぶ無酸素潜行を、自らに課していた。
心臓が肋骨の内側を激しく叩き、肺が酸素を求めて飢餓状態に陥る。
脳内には火花が散り、意識が遠のきそうになる。
だが、リーはその苦痛を、自らが「海の支配者」であるための対価として受け入れていた。
「龍宮」を司る者が、生温い陸の空気だけに馴染むことは許されない。
彼女にとってこの潜水は、単なるトレーニングではなく、自身の魂を深海へと繋ぎ止める儀式だった。
バシャッ! という激しい音を立てて、リーが水面に顔を出した。
同時に、肺に溜まった濁った空気を一気に吐き出し、新鮮な酸素を貪り込む。
「プハーーッ……、苦しい……ッ!」
彼女はプールの縁を掴み、肩で激しく息をした。
濡れた黒髪が、引き締まった背中に張り付いている。
10メートルの水圧から解放された直後の開放感と、全身を駆け巡る酸素の熱。
「……4日。たった4日サボっただけで、この体たらく。また鍛え直さないと……」
リーは自嘲気味に呟きながら、荒い息を整えた。
最近は「龍宮」のグランドオープン準備に加え、蒼溟重工による執拗な妨害工作、さらには黒崎とサラの動向監視――。
多忙を極めるスケジュールが、彼女からこの「水の中の時間」を奪っていた。
彼女は濡れた指先で、モニターに表示された最新のバイタルデータを確認した。心拍数の戻りが、以前より数秒遅い。
「黒崎とサラは、今朝も30メートルの底で狂気を見せたというのに……私がこれでは、あの2人を飼い慣らすことなどできないわ」
リーは再び水中に視線を落とした。
その瞳には、先ほどの苦悶は消え、冷徹で野心的な光が戻っていた。
青白いLEDが深淵を照らすプールの底。リーが荒い息を整えていると、プールの端から重厚な機材の擦れる音が響いた。
静寂を破って現れたのは、背中に鈍く光るアクアラングを背負った、筋骨隆々たる全裸の黒人秘書、フランクだった。
彼の漆黒の肌はプールの照明を反射し、まるで黒曜石の彫像のような威圧感を放っている。
「フランク、今日もお願いするわ」
リーはまだ荒い呼吸のまま、彼を誘うように視線を送った。
「わかりました、社長。心拍数は既にピークですが、続行されますか?」
「……愚問よ」
リーは不敵に微笑むと、再び大きく息を吸い込み、音もなく水底へと滑り込んだ。
リーとフランクは、水深10メートルのタイル張りの底で、吸い付くように肢体を絡ませた。
フランクのレギュレーターから吐き出される銀色の気泡が、2人の肉体を包むカーテンのように上昇していく。
全裸のリーは、フランクが背負ったタンクから供給される空気を時折口移しで受け取りながら、浮力と水圧が入り混じる奇妙な無重力空間で、激しく腰を振った。
水の抵抗が、地上では味わえない重厚な快感へと変わる。
リーの程よく日焼けした肌が、フランクの漆黒の肌と擦れ合い、水中で一つの巨大な影を形成した。
フランクの力強い愛撫を受けながら、リーの意識は恍惚の中で、冷静に「次」のステップを計算していた。
(……黒崎たちは、今朝30メートルまで墜ちた。それに比べて、ここはまだ浅すぎるわ。この室内プール、いっそ地下をさらに掘り抜いて、水深30メートルまで改造しちゃおうかしら)
彼女の脳裏には、巨大なピストンがビルを貫き、さらに深く、地底の闇へと沈んでいく光景が浮かんでいた。
(……でも、もしこの秘密の改装がお父様にバレたら、さすがに大目玉を食らうわね。あの方はまだ、この場所をただの『非常用貯水槽』だと思い込んでいるのだから……)
親会社である赤龍公社の会長。
リーにとっては絶対的な権威であり、この「龍宮」計画の最大の出資者でもある父。
だが、娘がその地下で、秘書を相手に水中セックスを楽しみながら「自分だけの深海」を構築しているとは、夢にも思っていないだろう。
「んん……っ!」
リーはフランクの首にしがみつき、彼のマスク越しに見える無機質な瞳を睨みつけた。
心肺機能の限界値を示すアラートが、彼女の脳内で警鐘を鳴らしている。だが、その死の予感が、彼女の絶頂をさらに深いものへと押し上げた。
フランクは無言で彼女を抱き上げ、さらに深く、水底のタイルに押し付ける。
銀色の気泡が激しく舞い上がり、2人の視界を白く染めた。
このプールの底で、リーは王国の主としての欲望を、酸素と共に貪り続けていた。
水深10メートルの静寂の中で、リーはフランクの強靭な肉体を全身で享受していた。
フランクのそれは、一流の訓練を受けた兵士のように太く、そして鋼のように硬い。特筆すべきはその持続力だった。
浮力によって重力から解放された空間で、彼はリーの奔放な動きを完璧に受け止め、絶え間ない快楽を供給し続ける。
(結婚なんて窮屈な契約は御免だけど、セフレとしてのフランクは最高だわ……)
リーは心の中で悦に入っていた。
彼は口が堅く、有能で、そして何よりこの特殊な環境下で彼女を満足させられるだけの「武器」を持っている。
潜行から約8分後。極限まで2人の体温が混ざり合ったところで、一度水面へと浮上した。
激しい飛沫を上げ、リーは再び地上の酸素を肺いっぱいに吸い込む。
「はぁっ……、はぁっ……!」
肩で息をしながら、彼女は自分に突き刺さるフランクの無機質な視線を捉えた。
「フランク、次は、今みたいに空気(レギュレーター)を分けてもらわなくていいわ。むしろ、これからは自力でどこまでいけるか頑張ってみる」
口移しで空気を分け与えてもらう甘美な依存を捨て、自らの肺活量だけでこの深淵にどこまで留まれるか。
今の彼女には、その「死への距離」を測ることに強烈な興味が湧いていた。
リーは水面に浮かんだまま、フランクの腰のあたりをチラリと見た。
アクアラングを背負ったままの彼の「武器」は、まだ一向に衰える気配を見せず、むしろ獲物を待つ獣のようにますます硬く、太く反り繰り返っている。
「フランク、まだイッてないでしょ? ……もう1回よ」
リーは不敵に微笑むと、再び潜行を開始した。
今度は緩やかな潜行ではない。彼女はフランクに見えるように、わざと両脚を大きく開いた**「局部全開」の平泳ぎ**を披露した。
青白い水中照明に照らされ、しなやかに、そして野蛮に開閉される程よく日焼けした肢体。
その中心部が水流に洗われ、無防備に晒される光景は、理性的なフランクの目つきを瞬時に変えさせた。
水深5メートル、7メートル……。
リーが深く潜るにつれ、彼女を追うフランクのブツは、水圧をも跳ね返すような勢いでさらにその存在感を増していく。リーが振り返る。
(……次はもっと私を追い詰めてみなさい)
リーは自らの肺に残ったわずかな酸素の限界と、フランクの圧倒的な肉体美を天秤にかけながら、再びプールの底へとその身を沈めた。
今度の勝負は、空気が尽きるのが先か、それとも彼がその理性を爆発させるのが先か。
地下5階の秘密のプールで、リーの「実験」はより過激に加速していく。
脳漿が熱く煮えるような感覚が、リーを襲った。
肺は焼けるように収縮し、酸素を求める細胞ひとつひとつが叫び声を上げている。
水圧によって強制的に閉じ込められた二酸化炭素が、意識を濁った極彩色へと塗り替えていく。
「ッ……カハァッ!」
リーは弾かれたように水面を割り、荒い息を吐き出した。喉の奥から鉄の味がせり上がる。彼女は震える手でプールサイドのデジタルタイマーを仰ぎ見た。
【4:40】
「……っ、4分40秒? たった、それだけ……」
リーは悔しげに唇を噛み、濡れた拳で水面を叩いた。
黒崎とサラは、今朝、断崖からダイブして30メートルの深淵で5分以上愛し合ったという。
自分は、このコントロールされた安全なプールの水深10メートルで、5分も持たないのか。
「5分よ……。最低でも5分は潜らないと、あいつらと同じ土俵にすら立てないわ」
自分に言い聞かせるその声は、執念に満ちていた。
隣で浮上したフランクは、酸素ボンベのおかげで平然としたものだが、その股間では、いまだ猛り狂った「武器」が鈍い光を放ち、さらなる結合を求めて脈打っている。
「もう一回よ、フランク。……次は絶対に、私を離さないで」
リーは深く、深く、肺の隅々まで新鮮な酸素を送り込んだ。
横隔膜を押し下げ、限界まで空気を詰め込む。
そして、彼女は再び反転した。
水面を蹴ると同時に、彼女は再度わざとらしく両脚を水平に、最大限まで広げた。
局部を完全に晒した、挑発的な「大開脚」での潜水。
青白いライトに照らされたその最も柔らかな部分は、水流を受けて鮮やかに波打ち、追随するフランクの視界を狂わせる。
リーは背後でフランクのブツが、さらに太く、暴力的なまでに硬化していく気配を感じて、暗い悦びに浸った。
(見てなさい……今度こそ、死の淵まで連れて行ってあげる)
泡ひとつ立てず、しなやかな人魚のようにリーは再び深淵へと消えていく。
その開かれた脚の間へと、フランクが猛然と突き進む。
地下5階の静寂は、再び泡の音と、狂気を孕んだ水中セックスの渦に飲み込まれていった。
水深10メートルの底で、フランクは人知れず歓喜の極致にいた。
背負ったタンクから供給される安定した酸素、そして目の前で「局部全開」のまま自分を誘う、世界でも指折りの美貌を持つ若き女社長。
(こんなご褒美、他にあるか? 彼女は必死に無呼吸で耐えているが、こっちは楽なもんだ。この仕事だけは、何があっても辞められないわ……)
そんな不埒な思考を巡らせているうちに、ふと、絡み合うリーの肢体に異変が起きた。彼女の腹筋が硬く波打ち、全身が小刻みに、そして激しくピクピクと痙攣し始めたのだ。
酸欠による限界か、あるいは極限状態での快楽か。リーはそのまま、音のない絶叫を上げるようにフランクにしがみつき、絶頂を迎えた。
それと時を同じくして、フランクもまた、すべてを吐き出すようにフィニッシュ。
2人は水底のタイルに重なり合ったまま、静寂の中でしばらく動かなかった。
(フランク、そろそろいいわ、……ん? フランク?)
心地よい倦怠感の中で、リーはふと違和感を覚えた。
自分に覆いかぶさっているフランクの身体が、妙に重い。弛緩しきっている。
ふと彼の顔を見やると、驚くべきことに、フランクの口からはレギュレーターが外れ、目は白目を剥いていた。口から気泡の糸がゆらゆらと立ち上っていた。
(嘘でしょ……このバカ、自分も無呼吸でやってたの!?)
どうやら彼は、リーとの一体感に酔いしれるあまり、自らも酸素を断って情事に耽っていたらしい。
(ちょ、どいて……重い……苦しい、死ぬ……っ!)
意識を失い、文字通りの「巨躯」となったフランクに押し潰されそうになりながら、リーは必死に這い出し、浮上した。
壁のデジタルタイマーが、ぼやけた視界に飛び込んでくる。
【5:45】
「……あ、やったぁ! 5分超えた!」
一瞬、目標達成の喜びに浸ったリーだったが、すぐに青ざめた。
眼下で沈んでいるフランクは、ピクリとも動かない。
「あーもう、あのバカ! 」
彼女は再び水底へ潜り、意識不明のフランクの脇に腕を差し込んだ。
アクアラングを背負った大男を、全裸のまま水面まで引き上げるのは、過酷なセックスの後にはあまりに重労働だった。
(こいつ、本当に何してんのよ……っ!減給にしてやろうかしら!)
頭の中で悪態をつきながら、リーは火がつくように熱い肺の痛みに耐え、必死に水面を目指して泳いだ。
リーガフランクを伴ってようやく水面を割った時、彼女の体力は完全に底をついていた。
フランクをプールサイドに引き上げようと、リーが格闘していると、フランクは突然水を吐き出して意識を取り戻した。そして、申し訳なさそうに視線を伏せた。
「すいません……社長のあまりの美しさに魅了されて、つい、自分も同じ苦しみを味わいたいと……」
「もー、素人は無理しちゃダメよ。死んだら元も子もないでしょ」
リーは肩で息をしながら、濡れた髪をかき上げた。
ようやく訪れた静寂。
目標の5分もクリアした。
だが、ふと、ある「事実」が彼女の脳裏を雷鳴のように貫いた。
(……あれ? 今朝、私、ピル飲んだっけ? ……あれ? 飲んでないわ。昨日も一昨日も、忙しくて忘れてた……)
リーは自分の腹部にそっと手を当てた。
計算が正しければ、今日は周期的にかなり「危険」な日だ。
(……ヤバい。今のフランク、中(なか)に出さなかった……? 確か、出したわよね、思いっきり。……嘘でしょ、このタイミングで!?)
深海の王を目指し、5分45秒の無呼吸潜行に成功した女社長。
しかし、彼女を待ち受けていたのは、深海よりも予測不能で、コントロール不能な「生物学的危機」だった。
悩みと、狂気と、そして想定外の事態が尽きない、リー社長であった。
そのとき、プールサイドに置いてるリーの携帯電話からベルの音が鳴り響いた。
意識を取り戻し、まだ這いつくばるようにして荒い息をついているフランクを尻目に、リーは一糸纏わぬ肢体のまま、濡れた手で電話を取った。
「私よ……。報告を」
電話の主は、黒崎らの動向を24時間監視させている部下からだった。
電話から漏れる低い報告の声に、リーの口元がゆっくりと、愉悦を含んだ弧を描く。
『――林が帰った直後、黒崎とサラが家の中を徹底的に調べ始めました。リビングのチップは、先ほど完全に破壊された模様です』
「……そう。意外と早かったわね」
リーは全裸のまま、プールサイドに腰掛ける。
彼女が昨日、あの質素な家に仕掛けてきたのは、単なる盗聴器ではない。
2人のバイタルデータ、会話の機微、そして情愛の温度までもを「龍宮」の制御AIに学習させるための、最高級の観測デバイスだ。
「バレちゃったか」
彼女は独り言のように呟き、くすくすと笑った。
その笑い声は、地下5階の静謐な空間に反響し、どこか不気味な響きを持って消えていく。
隠し通すことなど最初から期待していない。
むしろ、自分の私生活を「観測」されていたと知った時の、あの2人の屈辱と怒り。
それが生む負のエネルギーこそが、深海という閉鎖空間における人間の精神状態を測るための、極上のサンプルになるのだ。
「……林も余計なことをしてくれたけど、おかげで2人の火がついたわね」
リーは電話を切ると、携帯電話を置いた。
まだ猛り立ったままのフランクのブツを冷ややかな目で見下ろし、彼女は再び自分の腹部に手をやった。
危険日の不安も、ライバル社の妨害も、すべてを飲み込んで飲み込んで肥大していくリーの野心。
彼女は濡れた髪から滴る雫を気にも留めず、再び青く光る水面を見つめた。その瞳には、すでにサラの家の「その先」にある、深海の玉座が映っていた。
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