62 / 155
第5章 緋色の龍宮(饗宴)
5-20.忠実なる観測者
しおりを挟む
アール島西側。
「龍宮」建設予定地に隣接している赤龍エンタープライズ・アール島オフィス。
「龍宮」の心臓部を司るシステムエンジニア、ヘンリーの朝は、他の誰よりも早い。
まだ人のまばらなオフィスに入ると、彼はメインモニターではなく、デスクの影に隠された、自分専用のプライベート端末に指を滑らせる。
ヘンリーには、サラが水深60メートルのトンネルを日課とするように、そしてリーが地下で150メートルの無呼吸潜水に耽るように、欠かすことのできない「儀式」があった。
彼の日課。
それは、愛してやまない「サラ」の水中映像を、隅々まで鑑賞することだった。
元々はリーから水中ドローンによる監視を指示されて始めたのだが、「あなたにしかできない、もっと高度なことをやってもらう」という理由で、監視役は別の人の仕事になった。
しかし、ヘンリーは給料のすべてを注ぎ込み、赤龍の備品よりも遥かに高感度な水中ドローンを自費で購入していた。
しかも、そのドローンは、サラの生体信号を個体識別し、彼女が海へ入れば即座に、影のように追尾するようプログラミングされている。
「おはよう、サラ……。昨夜も、美しかった」
ヘンリーがモニターを叩くと、昨夜から今朝にかけてのログが、鮮明な4K映像で流れ始めた。
暗黒の海を切り裂く、黄金の髪と白い肢体。
サラが水深30メートルの底で、岩場に手をつき、肺を押し潰されながらも悦びに身を震わせる。その隣には、常に黒崎という「不純物」がいた。
「まあ、黒崎さんがいるからサラは諦めるしかないが、見るだけなら別にいいでしょ」
ヘンリーにとって、黒崎は尊敬すべき存在ではあったが、同時に不可欠な「トリガー」でもあった。
画面の中で、サラの背中が弓なりに反り、彼女の喉から吐き出された気泡が、断末魔のような激しさで上昇していく。
彼女の瞳が快楽と酸欠で混濁し、絶頂を迎えた瞬間。
ヘンリーは、静まり返ったオフィスで、自らのスラックスの中に手を忍ばせた。
「……あ、あぁ……サラ……」
サラが深い海の底で身体をピクピクと痙攣させる。
その動きと完全に同期するように、ヘンリーもまた、冷徹な眼鏡の奥の瞳を剥き、机の下で激しく自身を追い込んだ。
サラがフィニッシュを迎え、水底で力を抜くその刹那、ヘンリーもまた、デスクの裏側で激しい迸りを感じていた。
一瞬の空白。
画面の中のサラは、黒崎の腕の中で安らいでいる。
ヘンリーは、荒い息をつきながら、慣れた手つきでティッシュを丸め、証拠を抹消した。
「……やはり、今朝のデータにはノイズが混じっているな」
賢者タイムに浸る間もなく、ヘンリーの目は再び、冷酷なエンジニアのものへと戻った。
映像の端に、蒼溟重工のものと思われる低周波ノイズの波形が記録されている。
リーの仕掛けたチップとは別に、自らのドローンが捉えた「他者」の影。
「サラ様を汚す鼠が、また一匹……」
ヘンリーは、射精の余韻が残る指先でキーボードを叩き、蒼溟のドローンを物理的に排除するためのプログラムを構築し始めた。
彼にとって、サラを観測することは、信仰そのものだ。
この美しい「人魚」が、いつか海の重圧に耐えかねて壊れるその瞬間まで、自分はそのすべてを記録し、誰よりも深く、その「液体の時間」を共有し続けるのだ。
ヘンリーの眼鏡の奥で、水中ドローンが捉えたサラの白い肌が、青白く、いつまでも輝き続けていた。
「龍宮」建設予定地に隣接している赤龍エンタープライズ・アール島オフィス。
「龍宮」の心臓部を司るシステムエンジニア、ヘンリーの朝は、他の誰よりも早い。
まだ人のまばらなオフィスに入ると、彼はメインモニターではなく、デスクの影に隠された、自分専用のプライベート端末に指を滑らせる。
ヘンリーには、サラが水深60メートルのトンネルを日課とするように、そしてリーが地下で150メートルの無呼吸潜水に耽るように、欠かすことのできない「儀式」があった。
彼の日課。
それは、愛してやまない「サラ」の水中映像を、隅々まで鑑賞することだった。
元々はリーから水中ドローンによる監視を指示されて始めたのだが、「あなたにしかできない、もっと高度なことをやってもらう」という理由で、監視役は別の人の仕事になった。
しかし、ヘンリーは給料のすべてを注ぎ込み、赤龍の備品よりも遥かに高感度な水中ドローンを自費で購入していた。
しかも、そのドローンは、サラの生体信号を個体識別し、彼女が海へ入れば即座に、影のように追尾するようプログラミングされている。
「おはよう、サラ……。昨夜も、美しかった」
ヘンリーがモニターを叩くと、昨夜から今朝にかけてのログが、鮮明な4K映像で流れ始めた。
暗黒の海を切り裂く、黄金の髪と白い肢体。
サラが水深30メートルの底で、岩場に手をつき、肺を押し潰されながらも悦びに身を震わせる。その隣には、常に黒崎という「不純物」がいた。
「まあ、黒崎さんがいるからサラは諦めるしかないが、見るだけなら別にいいでしょ」
ヘンリーにとって、黒崎は尊敬すべき存在ではあったが、同時に不可欠な「トリガー」でもあった。
画面の中で、サラの背中が弓なりに反り、彼女の喉から吐き出された気泡が、断末魔のような激しさで上昇していく。
彼女の瞳が快楽と酸欠で混濁し、絶頂を迎えた瞬間。
ヘンリーは、静まり返ったオフィスで、自らのスラックスの中に手を忍ばせた。
「……あ、あぁ……サラ……」
サラが深い海の底で身体をピクピクと痙攣させる。
その動きと完全に同期するように、ヘンリーもまた、冷徹な眼鏡の奥の瞳を剥き、机の下で激しく自身を追い込んだ。
サラがフィニッシュを迎え、水底で力を抜くその刹那、ヘンリーもまた、デスクの裏側で激しい迸りを感じていた。
一瞬の空白。
画面の中のサラは、黒崎の腕の中で安らいでいる。
ヘンリーは、荒い息をつきながら、慣れた手つきでティッシュを丸め、証拠を抹消した。
「……やはり、今朝のデータにはノイズが混じっているな」
賢者タイムに浸る間もなく、ヘンリーの目は再び、冷酷なエンジニアのものへと戻った。
映像の端に、蒼溟重工のものと思われる低周波ノイズの波形が記録されている。
リーの仕掛けたチップとは別に、自らのドローンが捉えた「他者」の影。
「サラ様を汚す鼠が、また一匹……」
ヘンリーは、射精の余韻が残る指先でキーボードを叩き、蒼溟のドローンを物理的に排除するためのプログラムを構築し始めた。
彼にとって、サラを観測することは、信仰そのものだ。
この美しい「人魚」が、いつか海の重圧に耐えかねて壊れるその瞬間まで、自分はそのすべてを記録し、誰よりも深く、その「液体の時間」を共有し続けるのだ。
ヘンリーの眼鏡の奥で、水中ドローンが捉えたサラの白い肌が、青白く、いつまでも輝き続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる