「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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第6章 緋色の龍宮(龍墜)

6-7.救出のキーストローク

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「龍宮」のメンテナンス室。
施設はまだ建設中だが、この部屋はシステムの中枢なので先に完成していた。

そこは電子機器が発する熱気と、何十枚ものモニターが放つ冷たい光に支配されていた。

ヘンリーは震える指先で、エンターキーを強く叩いた。
画面上では、サラを包囲していた8つの赤い光点が、システムエラーを示す青色へと一斉に反転し、海底の暗闇へと沈下していく。

「……ふぅ、危なかったな。ギリギリだ」

ヘンリーは椅子に深く沈み込み、肺の底に溜まっていた空気をようやく吐き出した。
薄暗い操作室のディスプレイには、網の呪縛からようやく抜け出し、必死に海面を目指して水を蹴り上げるサラのしなやかな肢体が映し出されている。

彼女の動きは疲労の色を見せながらも、誰にも折られない芯の強さを宿していた。
だが、その周囲を取り囲むように動いている影――あの8機の水中ドローンだけは、彼の胸に冷たい怒りを刻む。

紛れもなく「蒼溟重工」の最新鋭機。
人間ひとり追い詰めるために設計された捕縛仕様――その軌道を見れば一目でわかる。

「……やっと尻尾を掴んだぞ」

ヘンリーはモニターの端に表示されたログを凝視した。
そして思い出す。数日前、蒼溟重工の幹部・林が訪れた日のことを。

林は礼儀正しい言葉の裏に刺すような敵意を隠しながら、茶色い髪を軽やかに揺らす、鮮烈なライムグリーンの超ミニワンピースをまとった美人秘書を伴ってやって来た。
その派手な色彩は殺風景な応接室の中で異様なほど目を引いたが、仕事中のはずなのに、振る舞いは驚くほど静かで落ち着いていた。
表向きは「共同事業の相談」。

だが、林の視線はヘンリーのデスクに置かれたサラの資料へと、獣のように執拗に吸い寄せられていた。
その視線が“協力”を目的としたものではないことは、明白だった。

――だが、本当の異変は “帰り際” に起きた。
林が出口へ向かった後、秘書がそっとヘンリーへ近づいてきたのだ。

足音は驚くほど静かで、気配だけがすぐ傍に現れた。
彼女は何も言わず、しかし一瞬だけ黒縁メガネの奥で何かを決断するように目を細めた。
そして、小さなUSBをヘンリーの手に押し込む。

「これで……フェアリーを救って」

確かに、そう聞こえた。
囁きにも似た声だったが、その響きは耳に残り、肌に刻まれた。

ヘンリーは言葉を返す間もなかった。
秘書はすぐに身を翻し、林の後を追って去っていく。

そのとき、ふわりと甘く深い香水の香りが漂い、彼の周囲の空気をひとときだけ塗り替えた。
香りの余韻が消える頃には、彼女の姿も完全に見えなくなっていた。

(……フェアリー?)

不審に思いながらUSBを読み込むと――そこには、蒼溟重工の最新鋭8機ドローンの特徴、脆弱性、そして“まさに今、サラを襲っている出撃ポイント”まで記されていた。
その情報のおかげで、ヘンリーは事前にハッキングの準備を整えることができたのだ。

「……なるほど。あれは“警告”でも“助言”でもない。内部からの……裏切りだ」

ヘンリーは画面の中で海面へと向かうサラを見つめ、唇を固く結んだ。

ここ数週間、ヘンリーがサラの自宅や海の中まで徹底して監視を続けていたのは、単なる執着ではない。
時の人となった彼女に、蒼溟重工がいつ、どこで牙を剥くかを見極めるためだった。

ヘンリーは手元の携帯電話を手に取り、慣れた操作で特定の番号を呼び出した。
数回のコールの後、耳に届いたのは、鼓膜を優しく撫でるような水音だった。

「……リーさん、蒼溟重工が動きました。8機で彼女を殺そうとしましたが、全機ハッキングして機能を停止させました。データは今、転送しました」

電話の向こう、水の跳ねる音と、ゆったりとした呼吸の音が重なる。

『そう……。林さんも思ったより早かったわね。ご苦労さま、ヘンリー』

リーの声は、冷たく、そして甘い。
背後の反響音からして、彼女はまた、あの広大なプライベートプールで泳いでいるのだろう。

その優雅なストロークを想像するだけで、ヘンリーの喉の奥が乾いた。

「データにはドローンの制御コードも含まれています。反撃の材料には十分かと。……それで、明日にでもそちらへ報告に伺ってもよろしいですか?」

ヘンリーの声には、隠しきれない期待が混じる。

『ふふ、それには及ばないわ、今は、この静かな水を楽しみたいの。しばらくしたら、また、そっちに行くわ』

一方的に通話が切れる。
ツーツーという無機質な音が、静かな部屋に響いた。
ヘンリーはスマートフォンの画面をじっと見つめ、ため息をついた。

「おれも、リーさんに抱かれたいなー……」

サラには黒崎がいて、そこに自分の割り込む隙間はない。
だが、リーは違う。
このプロジェクトが成功したご褒美でもいい。

「いや、あの蒼溟重工の秘書さんでもいいな……」

その思いから出た独り言は虚空に消えた。
彼は再びモニターに視線を戻す。
そこには、光の差し込む水面に顔を出し、激しく肩を揺らして呼吸を整えるサラの姿があった。

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